6話 「恋人として」
無駄に広い城内を歩き始めてどのぐらい経っただろうか? 肝心のアキはまだ見つからない。
「ん? ここはバルコニーか。」
夜空に輝く月と星々の美しさ。そして吹く風の心地よさは深層魔界といえども変わらない。・・・そうだな、ここで待ってみるのもいいか。見つからないのはお互いに探してしまっているからかもしれない。ならば、もっとも俺らしいここで待つとしよう。もし、会えなかったら・・・それは縁がなかったのだろう。
そうして、月を眺め風の心地よさに身を任せて10数分ほど、背後でコツコツと響く足音。気配なんて確かめなくても、後ろなんて見なくてもこの足音の主を間違えることは無い。
「こんなところにいたのか。・・・隣、よいか?」
「ああ。」
言いたいことなど、言わなくてはいけないことなど山ほどあった。だが、やっぱりいざとなると口からは出ないものらしい。
俺の隣で月を眺めるアキ。いや、ひょっとしたら俺と同じように月の美しさなど、もう目に入っていないのかもしれない。そうだな、先ずは話しかけねば始まらないか。
「なぁ、ここでこうしていると思い出すな。」
「アシュラの屋敷の話か? あれは私としては少々恥ずかしい。出来れば忘れてもらいたいのだが。」
忘れられないさ。キミにようやく俺の気持ちのほんの一部を言えた夜なのだから。・・・そしてもう一つ、この夜に重なるのは
「あの夜もそうだが、もう一つ・・・100年前の決戦前夜・・・」
決戦前夜、その言葉が俺の口から出たとたんにアキの体が緊張で膠着するのがわかった。小刻みに震えるからだがとても痛々しい。いや、俺にそんなことを思う権利は無いか。なにせ、それは全部俺が悪いのだから。
「怖いか?」
「すまない。あの夜のことは・・・思い出したくない。」
体だけでなく声も震えているアキ。思わず抱きしめたい衝動に襲われるが、俺にそんなことをする資格など・・・あるはずもない。
「ごめんな、全部俺が悪い。」
「そなたが・・・そなたが謝ることなど・・・ない。」
なら俺以外の誰が悪いって言うんだ? アキを守れなかったのも、アキを悲しませたのも、今こんなに震えさせているのも・・・全部俺じゃないか!
「俺はあの決戦の時、達成感で満ち足りていたんだ。仲間も、世界も・・・アキ、キミも・・・全て守ったと。だから、このまま死んでも、石化してもいいと思った。」
「・・・ぅぅ。」
アキの押し殺したような泣き声が響く。そうだよな、こんな達成感・・・ふざけているにもほどがあった。
「俺は馬鹿だったよな。いや、馬鹿は今でもか。俺は何時だって本当に守りたいものを、守らなくちゃいけないものを間違えるんだ。」
「そ、そなたは・・・そなたは世界を、仲間を・・・私を守ったことを間違いだと言うのか・・・?」
俺は静かに首を横に振る。守ったことが間違いなんじゃない。守ったなどと思ってしまったことが間違いなんだ。
「確かに世界は守った。レミーもアシュラも・・・アキもちゃんと生きていた。でも、ただそれだけだった。仲間との別れ、それは一時の涙にはなるとは知っていた。だが、邪竜神がいなくなれば、平和が戻ればキミには笑顔が戻るってそう思っていたんだ。」
「・・・リュウト?」
「馬鹿だろ? 自分がどう思われているかさえも知らなかった。俺という存在がいなくなった世界を生きろと言うのがどれほど残酷かなんて考えもしなかった。本当に守りたかったもの・・・アキの心を傷だらけにしたのが俺だなんて思いもしなかったんだから。」
「ひぐっ・・・えっぐ・・・。」
こうして馬鹿な男の嘆きと、馬鹿な男に心を寄せてしまった哀れな少女の嗚咽だけがあたりに響き渡る。きっと、もっと泣かせてしまうんだろうな。
「だけどな、俺は何度でも同じことをやる。あんなミスはもうこりごりだけど、キミと俺・・・どっちかしか生き残れないなら、俺は間違いなく自分を犠牲にする。」
「駄目!」
アキの目から溢れる涙は止まってはいない。でも、それでもアキは俺を睨みつけた。うん、それでいい。
「憤ってくれて構わない。怨んでくれてもいい。・・・あんな馬鹿な男に僅かでも心寄せたことが愚かだったのだと、そう思ってくれていい。」
なんで? なんでリュウトはそんなことをいうの? 僅かなんかじゃない。私の思いはそんなに軽くない。貴方の傍にいられない未来なんて・・・笑って過ごせるはずが無い・・・。
「俺は未だに自分が許さない。自分ですら許せていないのに、こんなことを言うのはおかしいことだと思う。だが、もしも・・・キミが許してくれるのなら、俺を受け入れてくれるのなら、キミの苦しみを半分俺にくれないか? ・・・キミの心を俺にくれないだろうか?」
・・・えっ? そういえば、前にリュウトは言った。『まだ言えない。でもいつか必ずキミに伝える。その時、俺が自分を許せたなら・・・もし、キミが許してくれたなら・・・その時こそ、俺の思いを・・・』って。もしかして、これがそうなの? 許せて無いのに話すのは明日が・・・決戦だから?
「ごめん、こんなこと無理に決まっているよな。あんなにキミを傷つけたのに、また同じことをするかも知れないなんて言っておきながら許せなんて。」
私はひょっとしたらもの凄く酷い勘違いをしていたのかもしれない。怖いのは、苦しくて辛いのは私だけだなんて思っていた。リュウトだって怖かったんだよね? リュウトだって辛かったんだよね? それなのに私は・・・
「リュウト、確かにリュウトが私につけた傷は凄く深いよ。あなたが帰ってきてくれて、治ったように見える今だって、こうやって痛むことがあるぐらい。今度、またおんなじ傷をつけられたら死んじゃうかもしれない。」
リュウトの顔が辛そうに苦しそうに歪む。やっぱりそうだよね? 私と同じぐらい・・・ううん、リュウトのほうがもっと苦しんでいた。私の傷は古傷。こうやって痛むことはあるけど、あなたが帰ってきてくれたことでもう治った傷なの。でもリュウトの傷はまだ治っていない。未だに真新しい血をふきだし続けているように見える。
「私・・・許すから。ううん、確かに辛い結末になっちゃったけど、リュウトは一生懸命守ろうとしてくれたんだから。私の体は・・・ちゃんと守ってくれたんだから。本当は許すなんて私が偉そうに言うことじゃないんだと思う。・・・ごめんなさい。私、謝るから。私があなたにつけてしまった傷を今まで知りもしなかったこと謝るから。だから、もう・・・お願いだから自分自身を許してあげて・・・。」
「アキ・・・あれ? おかしいな。涙なんて・・・みっともない。」
リュウトの目からつぅ~と流れ落ちた一筋の涙。リュウトは私の涙を綺麗だって言ったけど、私はリュウトの涙の方が綺麗だと思う。そして・・・やっぱり、ごめんなさい。私、凄い傲慢だったと思う。本当に謝らないといけないのは、自分のことしか考えていなかったのは・・・私だった。
「ごめんなさい・・・本当にごめんなさい。」
「馬鹿だな、なんでアキが謝るんだよ。アキを・・・好きな女の子一人守れなかったのは俺なのに・・・。」
えっ? リュウト、今なんていった・・・?
「リュウト、今なんて・・・?」
「はは、最低の告白だな。もっとかっこよくロマンチックに告白するはずだったのにな。ああ、俺はずっとアキが好きだった。初めて出会ったあの時からずっと・・・まぁ、気づいたのはわりと最近なんだけどな。」
私だけじゃなかった。リュウトも・・・リュウトも私の事を・・・。あはは、なんだろう? 嬉しすぎて何にも考えられないよ。
「私も・・・私もずっとあなたが好きだった!」
気づいた時には私はリュウトに抱きついていた。私もリュウトとおんなじだな。もっと、華麗に美しくムードよく告白するはずだったのに。
「なぁ、アキ・・・竜族の特徴って知っているか?」
えっ? えっ!? い、いきなり何なの? え、えっと、たしか竜族は~
「ネフェーシア最強の生命体で・・・」
「うん。」
「で、その命は自然の驚異の象徴で・・・」
「うん。だけどもっと世俗的な特徴っていうか習性っていうか。」
「せ、世俗的? ・・・え、えっと金銀財宝の類を好んで集める・・・とか?」
にっこりと笑うリュウト。あ、可愛い・・・じゃなくて! それが正解なの!? だってリュウトは・・・
「でも、あなたはそんなものに興味があるようには見えないけど?」
実は凄く好きだったり? 金銀に埋もれた生活してみたいとか? え、エルフの財政はそんなによくないのよ~! りゅ、リュウトのためなら何とかしたいけど・・・ど、どうしよう~!?
「そうだな、俺は金銀なんかには興味ないな。なにせ、もっと貴重な財宝に出会ってしまったから。」
えっ? えっ!?
「アキ・・・キミを俺の宝物庫の中に入れてもいいか? もっとも入ったら最後、二度と手放す気は無いけど。」
・・・あは、あははは! りゅ、リュウト~! そんな告白聞いたこと無いよ? でも、凄く嬉しい。恋人を通り越して婚約? っぽいけど相手がリュウトなら文句は無いもん。
「うん、しっかりと鍵をかけて入れて欲しいな。でも、あなたも私の・・・エルフの国の宝物庫行きよ? エルフの国一番の国宝なんだから! 絶対誰にもあげないんだから!」
こんなに・・・こんなに幸せでいいのかな? ほんのちょっと前まで恐怖で震えていたのに・・・。
「アキ、キミは俺が必ず守る。」
そう言ったリュウトの顔は今までで一番かっこよくて、素敵だった。私、今までにいろんなリュウトを見た。強いリュウトも弱いリュウトも、誇り高い姿も醜い姿も・・・でも! でも! 今のあなたが一番好き!! だから私も言うの!
「リュウト、あなたは私が必ず守るよ。」
お互いにお互いが守るんだから! リュウト、もう私もあなたも死ねないよ? だって、死んじゃったら守れないもん!
「・・・ん!」
目をつぶって、口をちょっと突き出して催促する。リュウトが照れくさそうに苦笑いするのがわかる。いくら鈍いっていってもこれを勘違いしたら許さないんだからね!
静かに、ほんのちょっとお互いの唇が触れるだけのキス。それだけなのに、唇が・・・体全体がかっ~って熱くなって
「お気に召しましたか? 女王様?」
もう! そこはお姫様がいいな。たしかに女王だけどさ。
「リュウト、あなたのファーストキスは盗られちゃったけど、私のはちゃんとあなたに渡したよ。」
なんかしまったって感じで歪むリュウトの顔。私、結構あのこと根に持ってるんだからね! でも・・・
「本当にいいの? 私、こんな感じだよ? 本当は子供っぽいし、嫉妬深いよ。」
「構わないさ。俺はそんなキミが好きになったのだから。」
私たちの誓いに教会も鐘の音も必要ない。ただ、お互いの存在がそこにありさえすればいい。
お疲れ様でした~! 今作、最長の話になってしまいました。もう少し文を使って書いてもいいんですが、そこはまた後日にしておきましょう。で~、ゲストは・・・
アキ「うふふ、もう離さないからね~、リュ~ウ~ト♪」
あれは使い物にならないな、うん。約束どうり進展したから害も無いけど早くも幸せボケしてる。
リュウト「あ、アキ? ここでそれはちょっと恥ずかしいんだけど!?」
アキ「うふふ、し~らない♪」
・・・え、えっと、じゃあその光景を一番近くで見ていた人をゲストに・・・
リュム「見たくて見ていたわけではないがな。」
まぁまぁ、あなたはいても当然の存在なわけだから。これからも2人のリポートをしてもらえると僕も楽だったり。
リュム「我にそんな出歯亀をやれと!? 我が誇りにかけて主の私生活など話せるか!」
う~ん、残念。
リュウト「こら~、お前ら俺を無視して話すな~!」
・・・え、えっと、じゃあ次回予告を・・・
リュム「ふむ、深まった絆を武器に決戦の場へと赴くリュウトたち。そこに待ち受けていたのは悪魔のNO2! 次章 竜神伝説第2部13章『黒き光を纏う者』我が力の一端を汝らにみせてやろう。」
では次回もよろしく~♪
リュウト「アキをどうにかしてくれ~~~!!」




