5話 「知恵」
私の前にいる悪魔はおそらく多くのものが悪魔と聞いて思い浮かぶ姿をしている。黒々とした2本の角を持った山羊の頭を持ち、人の体にむき出しの乳房と男性器を持った悪魔。名をバフォメット・・・魔女たちが崇拝している悪魔だと聞く。
「魔の法を使うものならば、わたしの恐ろしさを知っていよう。」
男とも女ともつかない声。魔法と呼ばれる力の全てを知るとまで言われる悪魔。確かに怖い・・・きっと一人なら戦えなかった。戦う気力さえ起きなかったに違いない。でも、私には仲間がいる。アシュラもレミーもリュウトもいてくれる。
「残念ながら貴様を恐れるほど知は持っていなくてな。」
自ら知恵がないことを言う。この手のタイプには有効でしょう? 大丈夫、怖くない。だって、エルフの耳は特別製。ほら、耳を澄ませばリュウトたちの声だって聞こえる。
「あのようなエルフの連れ合いなどをやらせるには惜しい男よ。どうだ? 我の物になる気はないか?」
「ふっ、なら俺を誘惑してみるか?」
ピクピク・・・一体今のは何? たしかリュウトの方へ行ったのは女バンパイアだったわね。・・・私のリュウトを盗もうだなんていい度胸だわ。それにあんなセリフを返すリュウトもね!
「ふむ、無知にはわたしの恐ろしさもつうじんか。」
耳障りな声が聞こえる。私には・・・あなたに関わっている時間はないの! リュウトが盗られちゃう!!
「さっさと燃え尽きるがいい! ファイヤーバード!」
そして私の目に入ったのは、より増幅され跳ね返ってきた火の鳥だった。私の意識は自分が悲鳴を上げたことにさえ気づかずに闇に沈んだ。
「アキ、ほら立ちなさい。まだ大丈夫でしょ?」
・・・お姉ちゃん? でも、私やっぱり怖いよ。
「無理だよぉ~。お姉ちゃん、強すぎるもの・・・。」
えっ!? あれは・・・私? ・・・何時のころだろう? たしか私が女王になる前にこんなことがあったような・・・
「いい? 私が強いんじゃないの。あなたが弱いのよ。火の力は確かに強い力を持っているわ。でも、あなたはそれに頼りすぎ。魔法の戦いは手の読みあいよ。冷静さを失ったものが、相手に行動を読まれたものが負けるの。大丈夫、あなたは私の妹だもの、きっともっともっと強くなれるわ。」
そうだったね。お姉ちゃんはあのころからずっと私よりも凄かった。私はちゃんとお姉ちゃんに教わっていたんだ。今も・・・お姉ちゃんに守られているんだ。
「ほら、だからもう少し頑張りましょう?」
「うん! 私もっともっと強くなる!」
うん、私まだ頑張れる。・・・? これは竜神剣の力? 竜神剣を通してリュウトの力を感じるよ。凄く暖かい・・・私はけして一人じゃない。もう、怖くなんかない。
「ほう? まだ戦うと言うのか? なら早くせんと主の大切なものは永久に失われるぞ?」
今は相手の言うことに惑わされてはいけない。・・・しばし自分の体を観察する。増幅して打ち返されたとはいえ元は私の気で作られていたからそれほどのダメージにはなっていないみたいね。
改めてバフォメットを見る。冷静になればなるほど先ほどの自分の無謀さがわかる。敵は魔法の全てを知るとまで言われる者、冷静さを欠いてくれるとは思わない。なら、相手の裏をかかなければ私に勝ち目はない。
「ならば、早々に燃え尽きてもらおう! ファイヤーボール!」
得意の8連続ファイヤーボール。でも、こんな距離から単純に撃ったのではまた跳ね返されるはず。パフォメットの言葉に冷静さを欠いての攻撃・・・と見せかけていることは向こうもわかっているはず。後は、どっちがより先を見通せるか!
「何度やっても無駄なこと。」
バフォメットの前に現れる不可思議な障壁。属性と言うよりはエネルギーそのものの放出なのだろうか? ともあれ、あれが魔法の反射の正体だろう。
「エクスプロージョン!」
反射の前に私は火の爆発呪文『エクスプロージョン』を撃つ。魔法そのものは跳ね返せてても距離を置き純粋な衝撃波になったものまでは無理なはず! そしてその予想どうり爆発は反射された火の玉を打ち消していく。そして・・・それにまぎれて私はバフォメットに近づく。
「それで気づかれてないつもりか!?」
まさか? 気づかれるだろう事も計算済みよ。他の相手ならイザ知れず相手はあなたなんだから。バフォメットがその手をさっと掲げると無数の氷の矢が飛び出してくる。この数はちょっと驚いたけどやっぱり氷の属性だったのね。炎を受けずに跳ね返すなんていうエネルギーを余計使うことをやってたからそうかなって思ったけど。
私は炎の壁を作って氷の矢を防御する。これ本来ならファイヤーウォールって名前の技なんだけど、防御が苦手な私は完全に使えないから半ばオリジナルに近いわね。えっと、そんなことよりも私が防御のために僅かに進行速度が後れた隙に再び反射障壁が張られる。どうやら読みあいは・・・私の勝ちね!
「魔法使いが魔法しか使わないと思った時点でそなたの負けだ!」
私にはめったに使わないけどお姉ちゃんから貰ったこの鞭がある。必殺の一撃には遠いけど隙をつくるには十分! ・・・あれ? 私の体が、ううん鞭の動きまで遅くなる? しまった!? 氷の特性は抑制。実力者は時間遅延や停止まで使えるという。
「こ~んな遅い速度じゃ狙ってくれって言っているよなものだな。」
狙い済ましたように撃たれる氷の矢。でもね、やっぱりあなたも私の鞭は予想外だったんでしょ? 慌てて使われた技は・・・隙だって生んでるよ?
「エクス・・・プロージョン!」
全魔力を込めて撃ったエクスプロージョン。基本技としては火はもとより全属性の技の中でも最強を誇る技。この近距離ならば逃げ場はない。時間を遅くされていようと氷の矢を溶かしながら攻撃できる。勿論、この時間遅延と氷の矢を撃つ為に反射障壁はもうない。・・・もっとも、この距離じゃあ私も巻き込まれるけどね。
「・・・見事だ。私の行動を読んだこと。予想が外れても慌てなかったこと。そして・・・自分の身を捨てての攻撃。これほどの魔法使いと戦えたことを冥土の土産にさせてもらおう。」
死を受け入れた顔って皆そうなのかな? 醜いはずの山羊の顔も誇らしく美しく感じた。私も・・・そんな顔できているかな?
至近距離からの全力のエクスプロージョン。私の力だから私自身には効きにくいとはいえ、まったく防御の為の・・・普段意識してなくても使われているエネルギーさえもなくなった私には十分致命傷。元々体力だって一番なかったもんね。たとえ生き残れたって体中火傷だらけだろうし・・・リュウトには嫌われちゃうかな?
でもやっとわかったよ。リュウトは普段こんな気持ちで戦っているんだよね? 怖いし失いたくないものもいっぱいあるけど、もっと大切なもののためだから自分を捨てられる。私・・・最後の最後で・・・あなたに追いつけたの・・・かな?
「あーちゃん! しっかりして!! わたしがすぐ治すから!!」
意識が途切れる前にレミーの声が聞こえたような気がする・・・。
戦術と読みあいはアキの十八番。ここまで来てやっと自分の本領を発揮できたアキです。
アシュラ「そして、覚悟か。奴もようやく戦士と呼べるようになったな。」
常にその覚悟をしているあなたのようにはなかなか普通のものはなれないものです。リュウトだってそこまでには達していないわけですし。
アシュラ「まだまだ甘いと言うことだ。策士というからには本来は2重3重に策を張っておくものだが、それはこれから次第か。」
そうですね。レミーが間に合った以上は火傷のあとだって残らず治しますよ・・・きっと。
アシュラ「残ったからと言って問題があるとは思えないがな。」
リュウトが嫌うことはないでしょうが乙女心には大事なことですよ♪・・・たぶん。




