13部6章「最後のデート」27話 「女神の見る夢」
俺にはレーチェルの悩みがよく分る。それは自分が望む未来のために他のものを犠牲にしてきた者の罪の意識だ。大きさは違うのかも知れないが、それは俺が持っている物と同質だ
「レーチェル」
「何かしら?」
今こうやって笑っているレーチェルの心の内にどれだけの後悔と罪という闇が隠れているのか。俺は闇を悪などと言う気は無いが、この闇は晴らしたい・・・そう思ってしまう
「レーチェルはなんのために戦う? レーチェルは何が欲しい?」
「えっ・・・?」
きっと思ってもいなかった質問。考えてもいなかった問い。その答えは確かに知っている・・・レーチェルはレオンを倒すために戦っている。だが、レーチェルが欲しいものはレオンがいない未来ではない
「・・・私はまだ足を止めるわけにはいかないわ。犠牲にしてしまった命の分だけ、私はその理想に手を伸ばさないといけない」
それはレーチェルの本心だろう。けれど、それは真実ではない。彼女がほんの一瞬耳に当てた手、少しだけ振った頭、それは彼女が消えることのない怨嗟の声を振り払いたいから
「レーチェル、それは答えじゃないだろう?」
「・・・」
その沈黙は答えを探しているんじゃない。レーチェルはきっととっくに知っている。ただ・・・それを認めるのが怖いだけだ
なぁレーチェル? レーチェルはずっと俺たちを導いてきてくれた。だが、あの時に言ったよな? これからは自分も仲間なのだと。だからレーチェルという師からの卒業の証として、今度は俺にレーチェルを導かせてくれ
「私は・・・私は私が笑っていられる世界を守りたかっただけよ」
そうだろう。それもまた俺と同じだ。だからこそ悩む、そのために犠牲にしてきた命の数が多すぎるから・・・自分の心を隠して、女神という役割に逃げていた
「いいじゃないか、それで」
レーチェルが下げていた顔をハッと上げる。彼女も俺が同じ悩みを持っていることは知っている。だからこそ俺の言葉は彼女の底に届く
「な、何を言って?」
「幸せを求めて何が悪い? 確かにレーチェルの歩みに捕らわれて不幸になったものたちは多いんだろう・・・けれど、それも過去だ! レーチェル、レーチェルは俺と共に戦ってくれるんだろう?」
「え、ええ」
戸惑いながらも肯定される声。女神という名前の仮面にヒビが入りだしている
「レーチェルは過去のために戦うのか! それとも未来のために戦うのか! 取り戻すことは出来ない過去の怨嗟を振り払うためか! 自分たちが笑っていられる世界を取り戻すためか!」
誰かのために戦う。それは格好良いかも知れない。けれど違うだろう? 自分の大切なものを守ることを自分が望むから戦うんだ。お前のために戦うなんて、それに責任を押しつけたらいけない
「犠牲になった人たちにさ、あなたたちを犠牲にしてしまったから私も犠牲になるんだ。新しい犠牲も作るんだ・・・なんて押しつけたら何も生み出せない」
だからいいんだ、自分の幸せを作るために戦うのだと、それでいいんだ
「もう一度・・・もう一度あの日のように好きな人の横で笑いたいわ。日向ぼっこしたり、草原で寝転んだり、料理を作ったり作って貰ったり、お店に買い物に行ったり、ちょっとした失敗に怒られたり呆れられたり・・・そんな普通をもう一度取り戻したい」
「本当、似たもの同士だったんだな」
「ふふ、先導者のつもりでとっくに後ろに追い抜かれていた駄目な先輩よ」
表情豊かなレーチェルの何時もの微笑み。けれどそれは何時もよりもさらに少しだけ温かく感じる。きっと、それはあれが本当の笑顔だからだろう
「デート・・・って感じじゃなくなっちまったな」
「良いわよ、それは今度の夢にとっておくわ。忘れていた物・・・いえ、忘れたくても忘れられなかった物を無理矢理掘り出してくれたんだから死ぬなんて許さないわ」
そう笑うレーチェルは少しだけ怖くて・・・安心できる笑顔だった
「死ねない理由ばっかり増えていくよ、皆のおかげで」
「ええ、それがあなたの夢なんでしょう? 私たちが幸せに笑っていられる世界・・・そのためにはあなたが必要なんだから無茶なんてさせないわ。そのための鎖だったら喜んでなるわよ、私も彼女たちも」
だからそっと触れられた淡いキスは彼女の2度目のファーストキス
と言うわけでレーチェル編リュウト視点でした
メイ「この話は時折今までも出てきた話ですね」
なんのために戦うのか。その理由のために不幸となるものを作っても良いのか・・・少なくてもリュウトたちは敵対する者を殺してここまで来ているわけですしね
メイ「正義と悪、その2元論で答えが導き出せるのならば良いですが、この物語は悪だから滅ぼされて良いでは終わりません」
そもそもリュウト自身、自分を正義ではなく悪だと認識しているわけですしね。滅ぼしてきたのだから復讐されても文句は言えない・・・その絶対数は別として、ですが
メイ「世界を救う物語、その結末はそこにたどり着けなかった多くの過去の不幸を帳消しにして余りあるものなのかどうか」
それを決めるのはリュウトたちと
メイ「これを見ていただいている読者の方々のお仕事です」
と言うところで今回はここでお開きです。そろそろ対象者も残り僅かですが次回は誰なのか・・・もうおわかりかも知れませんね?




