2話 「誘惑」
何もない広い空間。そこにただ一人、オレを待ち構えていたのは白き狐・・・いや、はっきり言えばあれはオレ自身だ。
「くだらん。このオレがこんなものに惑わされると思っているのか。」
この空間はオレの心の世界。厳密に言えば、極限まで闇を増幅した・・・か。元より闇のオレにはそんなものは関係ないがな。
「くっくっく、本当にそう思うのか? あれを見てみろ。」
歪んだ空間の先に見えたもの。リュウト、アキ・・・そしてレミーか。
「ふん、所詮は幻。これが何だと・・・っ!?」
突然現れたオレの幻が三人を殺した。幻のオレの顔は歪んだ笑顔か・・・。
「何をとまどう? 奴らに会う前のオレならば当然の行為だろう。」
当然か。・・・確かにそうだな。奴らは強い、強きものと戦い打ち倒すのがオレの楽しみ。
「お前は知らぬうちに奴らの光に侵されていたのだ。さぁ、本来の姿に戻ろうではないか。」
ム~? ここはどこだろう??
「リューく~ん、あーちゃ~ん、アーく~ん・・・どこ~?」
ム~、誰もいないよ~!
「あっはは、一人って寂しいよね~? だってあなたって本当に寂しがりやなんだから。」
突然現れたのは天使? ム~、ひょっとして・・・ちょっと嫌な笑顔をしてるけど・・・
「わ、わたし~~~!!?」
「あら? 相変わらず頭の回転の鈍い子ね。」
ム~、わたしもわたしには言われたくないよ~! ってなんでわたし自分と話してるんだろ?
「でもね、あなたは本当に一人じゃないのかしら? ほら、アレを見てみなさい。」
一人じゃないよ! みんな仲間だもん! ん? わたし(?)が差した方には・・・あ~! リューくんたち!!
「リューくん! アーくん! あーちゃん!」
わたしがこんなに大声で話しかけたのにみんなは聞こえてないみたいで・・・それどころか
「しかし、レミーの奴はいつまで俺たちにまとわりついてくる気かな。」
「ふん、弱いくせに迷惑な奴だ。」
「レミーはお気楽だから、私たちが本当に仲間だと思っていると思っているのだろう。何度、置いていこうと思ったことか・・・。」
み、みんな・・・本当はわたしたち、仲間じゃなかったの?
「ね? あなたは本当は一人だったのよ。でもね・・・わたしならあなたの本当の仲間を知ってるわ。ほら、あなたを裏切った奴らを滅ぼしましょう。」
ここはどこだろう? 広くて何もない空間。他の誰の気配も、なによりリュウトの気配がない。私はたとえリュウトが本気で姿を隠しても彼の気配だけは見失わないと自信を持っていえる。でも・・・それが感じない。怖い、まるでこの空間に心を食べられてしまいそう。
「そう、ここは怖い空間だわ。いえ、あなたはどこだって怖いんでしょう?」
「何者・・・私?」
思いがけず投げかけられた言葉に反応した私の前にいたのはさらに思いがけないものだった。
「幻、それとも偽者かな。」
務めて冷静にあろうとしても動揺は隠せない。それは・・・彼女の言ったことが事実であると私の心が知っているからかもしれない。
「クスクス、どっちでもいいじゃない。それよりほら、面白いものを見せてあげる。」
彼女が言う面白いもの、それは
「甘い顔をしていれば・・・っていうのはあいつみたいなのを言うんだろうな。あのとき助けなければ良かったよ。」
お願い、リュウトの顔で・・・声でそんなことを言わないで。
「せっかく危険な旅に追い出したのに生きて帰って来るなんて。死んでくれれば私が全てをしきれるのに・・・。」
違う! お姉ちゃんはそんなことは言わない・・・。
「何が女王だ。一人じゃなにも出来ない小娘が偉そうに!」
私を取り囲むように現れたエルフたち。・・・違う、これは幻。幻だってわかっているのに、その言葉は私の心を切り裂いていく。
「ねぇ、辛いでしょう? 悲しいでしょう? 憎いでしょう? いいのよ、あなたはこれまで人のために生きてきた。だからこれからは自分のために・・・手始めにあなたを苦しめるものに死の罰を。あなたはあなたの王国を作るの。恐怖という無言の秩序の元に・・・。」
「くっくっく、あっはっは!」
奴の言葉に対するオレの返答はこの大笑いだった。そうだろう? こんな面白く滑稽なことが他にあるか。魔王の小細工がこの程度だとはな!
「何がおかしい!」
「オレが変った? たしかに変ったかもな。だが、それがどうした? どう変ろうとオレはオレだ。思うがままに生き、感じるがままに変ってもいこう。貴様に言われて元に戻る・・・元の状態に変るなど真っ平だな。」
変わらぬものなどありはしない。それが成長か堕落かは知らんがオレはオレとして生きる。差し当たっては
「さぁ、さっさと出してもらおうか。オレには楽しい戦いが待っているんでな。」
「違う、それはきっと違う。」
思わずわたしの口から出た言葉。よくわからないけど、口から出たらそれはわたしの中にすっぽりと納まった。
「もし、もし本当に皆がわたしを仲間と思っていなくても皆を恨むのは絶対に違う。」
何でわかってくれないの? って言いながら泣くのは簡単だけど、それじゃあ何にも変らない。わたしはもう泣きながら暮らすあのころには戻りたくないから。
「そ、そんな裏切り者なんてどうでもいいでしょう!? ほら、あなたの全てを受け入れてくれる人がこっちには・・・」
わたしはフルフルと首を横に振る。初めから全てを受け入れてくれるなんて・・・そんなの本当の仲間じゃないよ。嫌なこともあって、ぶつかり合って、分かり合っていく。本当に欲しい未来は自分の手で切り開いていくものだってわたしは皆から教わった。
「わたしは偽りの仲間なんて要らない。わたしが必要なのは・・・わたしが傍にいたいと思う皆なんだから!」
「そうね、たしかに怖いわ。だって他人の心なんて誰にもわからない。満面の笑顔の裏に悪意が隠されているかもしれない。」
私はいつだって怯えていた。だから・・・いつも一人だった。
「そうよ、皆そういうものを隠してるの。だから、あなただけがいい子でいる必要なんて・・・!?」
私は・・・いい子でいたかったわけじゃない。たしかに辛かったこともある。女王の責務に押しつぶされそうになったこともある。でも・・・それでも差し伸べられていた手は一杯あった。ただ、私にその手を掴む勇気がなかっただけ。
「笑顔の裏にあるものなんてわからない。でも、それでも私は多くの笑顔を作りたかった。誰に言われたからじゃない、私が望んだ道だから今更捨てられない!」
私も・・・リュウトたちのこといえないな。こんなにも生きるのが不器用なんだから。でも、だからこそ願う。
「私にはあなたに付き合う時間はないわ。だって・・・現実の世界ではリュウトが待っている。リュウトが私をどう思っていても関係ない。だって、私が彼を守りたいのは本当だもの。」
戻ってきた通常空間。目の前には魔王。そして横には・・・
「三人か・・・我の予想よりは多く戻ってきたな。だが、最大戦力を封じただけでもよしとしよう。」
リュウトの奴が戻ってきていないか。あいつのことだ・・・どうせ
「ふん、たしかに一番自分の心が見えていない奴だからな。この機会にとくと語り合っているのだろう。」
「リューくんは強いんだよ~! 絶対負けたりしないんだから!」
「リュウトは自分の強さがわかっていないだけだ。・・・必ずここに戻ってくる! 遅くなって悪いなんていいながらな。」
さて、魔王よ。奴が帰ってくる前に少々オレたちと遊んでもらおうか?
今回は三人の心の闇ですね。アシュラは悪魔としての自分。レミーは過去のトラウマ。アキは女王としての重圧と本来の弱さ。
アシュラ「奴は強欲の魔王。心の中に潜む欲望を増幅させ惑わす。」
レミー「でもね、本当の信頼の前には無意味なの~!」
確かにそうですね・・・。アキあたりは何度か本当にレミーを置いていこうとしたことありますが。
アキ「そ、それは出会って間もないころだろう。あのころは(今もだけど)リュウトが随分困らされていたからついな。今ではみな大切な仲間だぞ。」
アキがレミーのじと目に困っているという珍しい場面で今回はお別れです。次回はリュウトの話ですよ~。




