12部11章「突撃! 決戦の場はネフェーシア城!」10話 「飛び越えられる壁」
これは奇跡なのか、それとも絶望なのか・・・『俺』は目の前の光景を見て思う。俺が操られたのは自身の弱さ故、敗者を勝者がどう扱おうとそこに異論を挟む気はない。仮にもバンパイア最強と呼ばれていた俺が対面のために使っていた言葉遣いまで再現した操りをされていることは腹に据えかねるが、それも仕方なかろう
だが、目の前にいるまだ年若い少女。親友であるファルトの孫だという彼女の存在が俺の心を揺さぶる。彼女が知っていたかどうかはわからないが、明らかに彼女は俺に対する対策として育てられている。俺の現状を知り、俺を死でもって救うために親友が孫を出してくれたことに嬉しくないはずもない。同時に本意ではないとはいえ、その孫を俺自身が傷つけようとしていることに痛みを感じぬわけもない
「くぅ・・・」
「どうした、ファルトの孫よ? その程度で我を滅ぼせるとでも慢心したか?」
俺の手がファルトの孫の首を絞める。バンパイアも呼吸が必須の種族ではないがまったく効果がないというわけでもない。だが苦悶の表情を一瞬したファルトの孫は次の瞬間には霧化で俺の手から逃れる。俺の体でも掴めぬとは中々優れた霧化だと言えよう
「我が君の前であまり醜態をさらすわけにはいかぬのでの!」
その俺の背後に回り霧化を解きながら放たれた蹴りが俺の頭を揺さぶる。その一撃で脳震盪でも起こしてくれればよかったのだが、あいにく頑丈な俺はダメージこそあったものの行動不能には遠く、蹴りだした足を掴んで思いっきり地面へと叩きつける
「~~~~~~~~!?」
もはや声にもならない悲鳴。いや、すでに再生しているとはいえ今の一撃は確実に背骨を折ったし、先ほどの首絞めでも首の骨が一時折れているだろう。見た目以上に彼女はすでに満身創痍なのだ
「話にならんな。そこの竜神、手伝ってやらないくていいのか? それとも見殺しにするか?」
! 俺の体を動かしている植え付けられた人格が何を考えているのかはわからんが、今いいことを言った。そうだ、別に複数で戦ってはいけないなどと言う決まりはない。見た目こそ人だが、発する力は明らかに竜を示しているあのものが参加するのならば俺にも死を与え、彼女を救うことも出来るだろう。だが
「手伝う? 見殺す? どっちもないな。お前がバンパイアの中でどれだけ強いのかは知らないがお前の目の前にいるカーミラこそが歴代最強だと俺は断言してやるぞ? その最強のバンパイアが俺の消耗を押さえるためにも一人で戦うと言っているんだ。信じない理由はない」
強くまっすぐに返された言葉と目。信じると言うは容易いものだが実際に信じ切るのは難しい。そして信じていようとも心配をしていないというわけでもなかろう・・・だが同族で友の孫と言う繋がりしかない俺よりも深く関わっているだろう男の言葉だ。ならば俺もそれを信じるとしよう。時代遅れの最強を打ち破って新たな最強の座に就くのだというその少女を
「くくく、我が君にこう言われてしまっては燃えぬわけにはいかぬのぅ」
その心には竜神から贈られた信頼を燃料とした闘志が渦巻いているのだろう。漏れ出したその力は僅かにその体を炎で包み込んでいる・・・操られた、いま肉体を動かしている疑似人格などにはとてもできない芸当だ
「っ! 速い!?」
脱力した状態からの一瞬の接近、打ち上げ。そして霧化を利用して空に待ち構えての落下しながら脳天への一撃。速さだけでなく威力も十分に上がっている
「我が君が言ったであろう? すでに最強の称号はお主ではなく我の物だ! もっとも、我が君がそばにいてくれるのならば・・・じゃがのぅ」
二人でならば、ただそこにいてくれるだけで乗り越えられる壁がある。それは俺もよく知っている・・・そうか、ファルトの孫にとっては操られた俺程度は余裕で飛び越えていける壁か。俺には乗り越えられなかったというのに
「眠るがいい、永遠に! ブラッディ・フレイム!」
自身の血を媒体にして燃える圧縮された炎が俺を包み込む。初めの触媒はファルトの孫の血だが、俺に当たった後は俺の血を使って燃えるか・・・良い技だ
「これで無事にお主をエミリアの元に送ってやれるのぅ」
「エ・・・ミ・・・リ・・・ア?」
弱点である炎、それも消えない超高温の炎に包まれた俺の体はすでに消滅寸前だ。ファルトよ、お前からは随分といろんなものを貰ったが、最後の最後に特大の贈り物をもらったようだよ
「カー・・・ミ・・・ラ、後は・・・頼・・・む」
それは俺の言葉か疑似人格の言葉か・・・わからないがどっちでも同じことだろう。間違いなく俺自身もそう思っているのだから
ああ、君の好意はわかっていた。妻にこそできなかったが、その座に座るのは君しかいないと思っていた。こんな情けない俺に最後まで付き合って、そして巻き込まれて同じく操られた。エミリア、いま俺も会いに逝く。そうしたならば俺が好きだったあの笑顔、また見せてくれ
カーミラVSルスヴンのバンパイア最強対決はカーミラに軍配が上がりました。ちなみにルスヴンの名前は現在のバンパイアのイメージの大本である小説『吸血鬼』に出てくるルスヴン卿からです
メイ「様々な要因(庶民向けの出版社が設立された直後・バンパイアが本当にいるのかの大論争があったばかり・当時は別の有名作者の作品として発表された等)から当時爆発的にヒットしてバンパイアのイメージをゾンビのようなものから夜の貴族に変えた作品ですね。もっとも、文学的には冷静になってみると二流、三流のレベルだったようですが」
なぜメイがこっちの世界の話を知っているのかは謎ですが、概ねそのとおりです。近代文学におけるバンパイアの元祖というべき存在ですね。ちなみにこのルスヴン卿を基にして吸血鬼カーミラ(発音の関係上カミーラと書かれることも多い)が作られ、その吸血鬼カーミラを基に吸血鬼ドラキュラが作られています。なおここに出てくる三名とも太陽光の下でも普通に活動しますっていうのは前にも触れましたね
メイ「そう言う意味では読者様方の世界でもライバル・・・いえ、父娘のような関係なのかもしれませんね」
こっちの世界では祖父の親友・親友の孫の関係ですからまったくの他人、まぁせいぜいが知り合いレベルですけどね
メイ「・・・リュウト殿との子供の名前はドラキュラだったりするのでしょうか?」
・・・やめてください。確かに関連性から言ったらそうなのかもしれませんが、そもそもルキ以外の子供は女の子ですよ? まぁ、ルキがやってきた時間より未来でカーミラに男の子が生まれる可能性は否定しませんし、この時間軸の未来でも女の子が産まれる保証もないのですが・・・と言ったところで今回はお開きです。次回もまたよろしくお願いいたします




