1話 「優しい悪魔」
「コーリン。」
ただ一言の呼びかけに答えて闇の中から現れたもの、それは
「お呼びでしょうか? アシュラ様。」
漆黒の羽を持った女悪魔。遥か昔からオレの身の回りの世話をしているある意味相棒と言うべき存在。名前は・・・コーリン=ブラック。その姿はあいつを思わせる。
「酒とつまみの用意をしろ。・・・2人分な。」
「2人・・・ですか? わかりました。では直ちに。」
「いや、ゆっくりでいい。どうせ、すぐには来れんだろう。」
こんな命令はしたことがないゆえか、しばし不思議そうな顔をしていたコーリンだが、やがて納得したようで笑顔を見せた。そして・・・
「わかりました。・・・ありがとうございます、アシュラ様。」
「ふん、何のことだ?」
「いえ、ただ私がそういいたかったのです。では、失礼いたします。」
コーリン=ブラック、そして良く似た容姿を持つ悪魔ママナ=ブラック・・・ふん、どうでもいいことだ。
「アシュラ、入るぞ。」
控えめなノックと共にそう声をかけてきたのは、無論リュウトである。あのお節介物のことだ3つの厄介ごとを片付けたらやってくるとは思っていたが・・・本当にわかり易い奴だ。
「さっさと入って来い。準備は出来ている。」
おそらく得意の隠密行動でリュウトの奴を監視していたのだろうコーリンがさきほど酒宴の準備を終えたところだ。・・・そして奴には話しておかねばならんこともある。
「なあ、アシュラ・・・俺がやるべきことってなんだろうな?」
酒も進んできたころにそう呟いたのはリュウト。こいつも・・・いや、こいつが一番下らんことで悩む奴だということも変らんな。
「俺たちは魔王を倒そうと進軍している。・・・だが、俺は魔王の真意など知らん。何をやろうとしているのかさえもな。俺のやろうとしていることは悪戯に騒ぎを大きくしているだけかも知れん。・・・この魔界に混沌を撒き散らしているだけではないのだろうか。」
「魔物が、闇が悪であるとは限らん。・・・それが貴様の持論だったな。だが、はっきり言ってやろう。少なくても今魔界に君臨している7人の魔王共は間違いなく悪だ。」
リュウトはオレの発言を意外だと言う表情で見る。悪魔であるオレが悪を語る・・・これほど滑稽なことも確かにないだろう。だが、奴らは迷いのある者が倒せるほど甘いものでもないからな。
「リュウトよ、貴様はこの魔界をどう見る。」
「えっ?」
一瞬、何を問われているのかさえもわからぬと言った顔をしていたリュウトだが、しばらくするとこうはっきりと言い切った。
「俺が思っていたよりもずっと平和だと思う。俺もやはり偏見で物を見ていたってことかな?」
自嘲気味にそう付け加えたリュウトだが、一般的なイメージはまさにそうだろう。・・・そしてそのイメージは僅か前までの魔界の実態でもある。
「魔界はな、強者が全てを得、弱者は全てを失う世界だ。混沌こそが唯一の秩序と言ってもいいだろう。子を手元で育てられるのなどごく一部の名門だけ。殆どのものは親の顔さえも知らず、自身の力のみで生きねばならん。それが出来ねば死ぬだけだ。」
「アシュラ・・・。」
悲痛な顔を見せるリュウト。・・・別にそれ自体をどうこう言うつもりはないのだがな。
「オレも元はただの個としてスタートした。生きる為には強くなければならなかった。生きる為に戦ううちにいつしか戦うことこそが生きる意味になった。この強さを得るためにオレが何を失ったか・・・今となってはそれさえもわからん。」
「もういい。もう十分だ。」
「そうだな。こんな話は別にどうだってよいことだ。魔界は自由であることこそが魔界なのだ。魔王共はそこに自身の欲による統制を強いる。・・・魔界は、オレたちは奴らの食い物でない!」
「アシュラ・・・。」
ふむ、オレとしたことがこんな話をしてしまうとは・・・少々酔いが過ぎたか? それともこやつらの甘さが移ったか?
「喋りすぎたな。・・・だが、魔界は魔界だ。貴様が心配することではない。貴様は貴様の戦う理由のために剣を振るえばいい。そうでなくては奴らには勝てんぞ?」
「そうだな、俺に余計なことを考える余裕はまだないか。」
そのとおりだ。まだオレは貴様に死なれるわけにはいかん。貴様との戦いは面白い。理由など、過去などどうでもいい。貴様はオレのライバルであり、娯楽。・・・今はそれだけでいい。
翌朝
「では、行くか。」
「ちょ、ちょっと待ってよアーくん! まーちゃんの姿が見えないよ?・・・やっぱりまーちゃん・・・」
リュウトの説得は失敗したか? いや、何を心惑わされているのだ。役立たずがどうであってもオレにはどうでもよいことだ。
「あわわ、ごめん! ちょっと寝坊しちゃった!」
「まーちゃん!」
・・・いつもの変らぬ笑顔か。リュウトの奴はどんな話しをしたというのだ?
「私ここでみんなの帰り待っているから! だから絶対無事に帰ってきて。」
「まっかせてよ! まーちゃん。」
「ああ、そなたの分まで(リュウトは)私が守って見せるさ。」
「心配するな、俺たちは絶対に負けないさ。」
それぞれに返される言葉。下らん、下らんと言うのに・・・一体なんなのだろうな。
「ママナさん・・・でしたね? ならば、ここで皆様をお待ちしている間、私が色々教えてあげますわ。」
「えっ? あ、あの~・・・」
「・・・コーリンはサポートのエキスパートだ。貴様の役に立つことも多かろう。」
オレは何故こんなことを話してしまうのだろうな。
「え、えっと・・・じゃあ、よろしくお願いします! コーリンさん!」
「ええ、こちらこそよろしくね。」
だが、まるで親子のようによく似た二人。そして長年の付き合いがありながら見たことのなかったコーリンの輝かんばかりの笑顔を見るのは悪くない。・・・そうも思えるのだ。
「では行くぞ!」
「行ってらっしゃいませ、アシュラ様。」
オレたちが向かうは光さえも殆ど届かん深層魔界。・・・まさか、いきなり奴らの罠にはまるとはオレも油断が過ぎたということだろうか。
前章の続きから、深層魔界に行くまでの間ですね。
アキ「ふむ、だがこの話は前章の中に入れても良かったんではないのか?」
中間的な話ですから正直な話しどっちでもですね。まぁ、6章がいきなり戦闘からって言うのもなんですから一応こちらに
レミー「うんうん、やっぱりアーくんは優しいよ~。はぁ~・・・」
な、なんかレミーがレミーらしいようならしくないようなセリフを・・・。っていうところで次の話からはあいつが再登場ですよ~!




