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「はい、垣さん」
「うん」
修一の手からオレンジジュースのコップを受け取りながら、垣はじっと相手を見つめる。今朝はずいぶん元気そうに見える。昨日の疲れ切った様子とは大違いだ。
(美形、なんだな)
垣は溜め息をついた。自分ももう少し見目形が良ければ、デビューもうんと楽だっただろう、そして後々の今に至る映画撮りも。
(やっぱり、オレには役者は向いてないのかも知れない)
ごくりとオレンジジュースを呑み下した。
思えば、友樹夫妻に憧れて入った世界だった。いつか陽一のような温かみのある演技をしたい、雅子と同じ画面で共演してみたい、そう思って、たまたま、全くの幸運な偶然で飛び込んでしまった世界だった。
だが、その世界には暗がりも落とし穴もあり、落ち込むと抜け出せないほど深い闇もあった。外側から見たきらびやかで明るい色彩は、内側に入るとくすんで輝きを失い、しかも輝きが失せた幾つかの要因は、自分の才能のなさからきていた。才能だけではない、最近では、そもそも演技に向き合う役者根性、役者の魂みたいなものが先天的に欠如しているような気がしてならない。
(こいつだって15、いや14、だよな、まだ)
隣に座ってこくこくとオレンジジュースに喉を鳴らす修一を見る。
それだけで、絵になっている。
コップの含み方、指先の表情、僅かに眼を伏せて眩げな顔、カメラが回っていなくとも、照明が彼を追わなくとも、いつも見られているという感覚があるのだろう、幕間でさえ無防備に崩れる気配はない。
(母親は麻薬中毒で居所不明、父親は愛人といちゃつくのに忙しくて息子が九死に一生を得ても帰ってくることもない、仕事の加減で同世代の友達もほとんど作れなくて、回りは基本的に利害関係のある大人ばかり……でも、映画撮りの時には我が儘言わないし、一所懸命だし、そんなしんどいことなんて、これっぽっちも見せないよな)
垣が15の時はどうしていただろう。地元の中学に通って雑誌を眺めて美人アイドルに妄想を膨らませたり、メディアがあるところにはあると囁く抱え切れない大金を湯水のように使う夢とか、些細なことで家族や友人と大げんかして拗ねる、そんなことで一杯一杯だった気がする。
未来がどうなるかなんて、心配はしてたけれど深刻にはならなかった。いずれどうにか何とかなって、成功するに違いないと思っていた、単純に。
(こいつは、それだけ……役者が好き、だってことだよな)
しんどいことも辛いことも、映画に戻れば癒されるのだろう。不安も恐怖も、演技に入れば、消し去れるのだろう。
(ほんとにいろいろゴタゴタあって……それでもこうやって1人で役者やってるんだよな、いくら佐野さんとか高野さんがついてるとはいえ)
それが本質なのかも知れない。役者をやり続けられる素質というものかも知れない。
『いつまでそこにいるつもりかは知らないが』
数日前に田舎の親から来ていた手紙を思い出す。料金未払いで度々不通になる携帯より、確実でしっかり届く方法というわけだ。
『映画の一本二本出たところで、今の時代じゃ幻みたいなものだ』
慌ただしく過ぎ去る日々の中、数十本単位で公開される映画、それどころか、もっと大量に流れるネット画像に紛れて、これほど手間暇かけて作ったものも数秒で忘れ去られる。
『記憶に残ることさえ難しい、もう一度観てもらえるなんて、それこそ奇跡にも近いことだよ』
割に合わない。意味がない。いずれ捨て去られるのだ、記憶の彼方へ。そんなものに人生を費やして何が残る。
『そろそろ、先を考えて欲しい』
手紙は繰り返し訴えていた。
もう十分だろう。夢の切れ端は叶った、それで十分幸せだと考えなくちゃいけない。ほとんどの人間が、その切れ端が掌を掠めることもなく一生を終えていくのだから。
『帰っておいで』
両親は田舎で小さな工場をやっていた。従業員は2人。大企業の下請けの下請けのまた下請けみたいなものだけど、父親の腕が良くて、その部品は父親の工場でしか仕上がらなかったから仕事は途切れなかった。
『もっと地道でしっかりと地に足がついた仕事が大事だ』
「ふぅ…」
修一が満足したような吐息を重ねた。吐息一つにも色気があるよな、と考えてうんざりした。
(帰るか)
オレンジジュースの最後の一口を飲み干した。
陽一という理想は既に踏み荒らされていた。映画への情熱も、1作毎に自分の限界を思い知らされて冷え込むばかりだ。修一でさえ、この3作目にはしごきにしごかれている。垣など洟もひっかけてもらえてない。
『出会いはいつでも
半分は運命の偶然
残りは神様のいたずらさ…』
休憩でつけられたラジオが『ロード・オン・ロード』を流している。




