小話①【恋とはどんなもの?】
ぱら、ぱら、と分厚いその冊子をめくるのが俺の趣味だと思われている。
「ねー、光貴君。あたしの卒業アルバムなんか見て、楽しい?」
「まーね。でも、何でこのアルバム名前載って無いの? 写真だけ。あ、三千代さんみっけ。三組?」
「すぐに見つかると化粧の腕を否定されたみたいで嬉しくないわね。まあ、かなり良い学校だったから防犯のためよ。犯罪に使われたらまずいでしょ?」
今付き合っている三千代さんは、実家を離れて小さな会社を立ち上げたキャリアウーマンだ。
長い黒髪を解いて、ツメに赤いマニキュアを塗っている。
こちらを見もせずに、三千代さんが言う。もちろん俺もアルバムから目を上げない。
「光貴君知ってる? 光貴君が付き合う歴代の彼女たちがみんな黒髪ロングで年上だから、光貴君の高校、女の子の黒髪率が異様に高いのよ」
「偶然だよ。これでも進学校ですから」
「そうね。県下一番の学校なのに、お化粧をしてる確率も異様に高いのよね」
黒髪ロングになにかあるの? と聞いてくる三千代さんに、ちょっとね、と適当に応える。
「小さい頃に黒髪ロングのお姉さんに優しくされて、一目惚れしちゃったとか?」
ばさ、と思わず持っていたページで手がとまる。
「やだ、もしかして図星?」
聞こえない振りをしてページを捲る。そして、はっとした。
「三千代さん! この人、今どこにいるのか知ってる!?」
十組。最終組のページにその人はいた。
三千代さんはどれどれとにじり寄ってその人をみて、あー、と言いづらそうに淀む。
「この子ね、消えちゃったのよ」
「消えた?」
「行方不明。神隠し。誘拐。当時は色々言われて、相当な騒ぎになったのよ。この子の家は、平安から続いてるようなやんごとない金持ちで、この世で使えるありとあらゆる手を使って探したけど、手がかりすら掴めなかった、ていう噂。
そんな家だから、きっと事件に巻き込まれてもう…。あれ、光貴君どうしたの?」
「ごめん、三千代さん、俺帰る…」
「そお?」
三千代さんの部屋を出ると外は夕暮れだった。
静かに歩き出しながら、自分がどこを目指して歩けばいいのかもう分からない。
ただ、彼女が消えたなんて認めない。それだけは確かだから。
きらきら、ふわふわした貴族の女性たち。
サロンか中庭の薔薇園などでいつもお茶会を開いている彼女達だけれど、今日は何時もよりも楽しそうに熱心に話していたので、私も興味を引かれて顔を覗かせました。
すると、彼女たちの中の一人が、近しい誰かの事を好きになったのだと話していました。
女性たちが集まって、きゃっきゃと楽しげに話す姿が眩しくて見とれていると、「あら殿下!」と見つかってしまい、いつの間にやら中心の席でお茶を頂くことになってしまいました。
「私ですか? 恥ずかしながら、まだ恋をしたことが無いんです」
照れながら正直に告げると、きゃーっ!!と黄色い悲鳴が響きます。
「恋とは、とてもとても素晴らしいものなのですわ!」
「好きになった方は輝いて見えるんですの」
「眼と眼が合ったその瞬間から虜になるんですのよ」
「あら、ゆっくりと育む恋もございますわ」
「まだ会ったこともない許婚をお手紙でお慕いするのもわたくし良いと思うのです」
「どれも素敵ねー!」
盛り上がる彼女たちが可愛らしくてにこにこ笑いながら見ていたのですが、彼女達は急にはっと何かに気付き、火を消したように静かになって恐縮してしまいました。
「申し訳ありません」
「わたくしたちのこと、はしたないとお嫌いにならないで下さいませ」
しょんぼり、と下を向いて泣きそうな彼女たちに、慌てて言います。
「そんなことはありません。可愛らしい、と思っていました」
そして羨ましい、と眩しく思っていました。
「殿下が恋をされる方はどのような素晴らしい方なのでしょう」
「きっと、優しい方ですわ」
「かわいらしい方ですわ」
「正直で、まっすぐな方ですわ」
「でしたら、きっとお心の強い方ですわね」
「うふふ、わたくしたち、負けていられませんわね」
彼女たちが楽しそうに、さやさやと言葉を交わしていきます。
そんな人に、いつか出会える時が来るのでしょうか。
「絶対に来ますわ。恋は落ちるものなんですのよ」
彼女たちがきらきら、笑いながら応援してくれました。
「かあさん、こいってなあに?」
読み聞かせ中のある冬の日。暖炉の前でひとつの毛布にくるまって、息子が小首を傾げる。
「母さんもしたことないから分からないの」
「わからないのー?」
「わからないのよー」
こてん、と一緒に、笑う。
「でも、ずっとそばに居たいな、って思ったら、それ が恋なんじゃないかな」
「そば?」
「その人といると、全部が綺麗に見えるらしいの。見つけたら、離しちゃ、駄目よ?」
息子はたぶん分かっていないけれど、うん!と元気良く頷いてくれた。




