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そして舞台は最終決戦へ

 ヘンゼルさんの掛け声で、僕らは不思議な鏡をくぐる。

 ヘンゼルさんと初めて会った時、なんて綺麗な人なんだろうと思わず見とれてしまった。でも、守らなくちゃ、って思ったのはグレーテルの方だった。グレーテルは王子様で剣を習ってて強いのに、ヘンゼルさんは細くて白くて折れてしまいそうなのに、どうしてそんな風に思うんだろって不思議だった。

 でも一緒に暮らしてみて、段々分かったんだ。ヘンゼルさんは全然弱くない。いっつも僕らを守ってくれて、小さいはずの背中がすごく大きく見えるんだ。こんなお兄ちゃんが欲しいな、って思った。

 僕だってヘンゼルさんが男の人だってすぐ気付いたのに、母さんは全然気づかないんだ。

 どうして女の人の格好をしているの? とヘンゼルさんに聞いたら、たまたま、偶然。って言ってた。ダイガクセイの、暇つぶしの、バツゲームだったんだって。でも、ラッキーだった、と笑って。

 本当に嬉しそうに笑うから、僕も釣られて笑っちゃう。グレーテルも笑って、母さんも笑う。

 僕は、そんな家が大好きだから。がんばる、と手を握る。


 鏡から出た場所は、大きな、広くて高い、どこかの建物の中だ。そこには立派な服を着た大人の人たちが、円の形に広がった机について、椅子に座っている。僕らが急に現れたからか、人が沢山いるその場所は、しん、と静かになっていた。

 誰も彼もがぽかんと口を開けてこちらを見ている。茶色い髪、金の髪、銀、赤。黒い髪も少しだけいる。瞳の色も、沢山。こんなに色々な人が居るなんて、思わなかったな。


 僕の肩に置いていた母さんの手が、ぎゅっ、と硬くなった。

 母さんの目線の先には、ここにいる誰よりも立派で怖そうなおじさんがいた。

 その人も驚いていたけれど、誰よりも早く、元に戻って、言う。


「ようこそ魔女よ。裁判を自ら希望しに来たのだな?」


 母さんがビクッとした。

 嫌だ。僕はこのおじさん、嫌いだ!!

 母さんを、すごく汚いものを見るように細める目も。僕やグレーテルを居ないものとして全く気にしない目も。

 戦いに行くって、ヘンゼルさんは言ったんだ。それなら、倒す相手は、このおじさんなんだろう。このおじさんが、ロンダリアの国の王様なんだ。


 母さんはすぅと息を吸って、何かを言おうとしたけれど、それを横からヘンゼルさんが止めた。

「違いますわ、陛下。魔女様はアル殿下の呪いを解いて下さったのです」

 呪い、と聞いて、王様は眉をしかめた。でも何かを言う前に、ヘンゼルさんは振り返り、グレーテルの手を引いて、王様に良く見える所へ連れて行った。

「彼女が誰か、陛下には分からないのですか?」

 グレーテルは王子様だった。母さんが、僕がどんな姿になっても態度を変えないように、王様もグレーテルのことが分かるのかな?

 王様は、零れるように小さく「アルアリア…」と呟いて、グレーテルがびくっと震えた。

 僕は王様がグレーテルの事を分かってくれたのかと思ったけれど、すぐに違うと分かった。表情が、違うんだ。行商人が僕に出会うと、無茶苦茶に攻撃してくる人と、すぐに逃げる人と、会話をしようとしてくる人に分かれる。会話をしようとしてくる人たちは、僕と会話しながらも、僕の事を見てはいない。彼らは、緑色の怪物が、襲ってくるのか、来ないのか、魔女の手下なら仲良くしたら良い事があるのか。そういうことで頭がいっぱいで、僕にも心があるってことを考えもしないんだ。

 王様の表情は分かりにくいけれど、その行商人たちと同じ雰囲気がする。

「そうか…。戻ったか。成人の儀までにその姿に戻り、安心したぞ」

 王様は本当に嬉しいというように、温かく笑った。

 でも目だけは全然笑ってない。グレーテルに向けていた目を母さんに映すとその笑顔も一瞬で無くなって、獣が威嚇するような怖い顔で言うんだ。

「魔女よ。ロンダリア帝国の次期王の命を助け、お前は引き換えに何を求める気だ!」

 ヘンゼルさんが怒りだしたのが、雰囲気で分かる。

 僕も、ひどい、と王様を睨む。そんな言い方ってひどい。母さんは何にも、誰にも、お願いなんてしてない。母さんはただ、静かに暮らしたいだけなのに。


 その時、ガタン、と席を立つ音がした。

 見ると、さっき見渡した時に見つけた黒髪の女の人だ。

 真っ青な顔で、震える手のひらが差し伸べられたのは………僕?

「坊や!!」





「名前も付けられずに魔族に連れ去られてしまったわたくしの坊や!

 ああ、ああ…無事だったのね!!」

 ロンダリア帝国の西隣、精霊が住むと言われる森を守るリジア翠国の女王が、唐突に席を立って叫び声を上げました。

 女王とは、何度かお会いした事があります。とても上品な方で、いつもゆっくりと優雅な動作をされます。それでいて、国法へ逆らった者への刑罰は苛烈なことで知られる方。リジア翠国が規律と緑の国と呼ばれる所以の方です。

 しかし今は、そのどちらの面影もありません。

 ただ、ハルマに手を伸ばして、身を乗り出して、涙を零していらっしゃいます。

 なるほど、と父が不吉な影をもって呟きました。高みから下界を見下ろすように、笑います。

「魔女よ。お前は、ロンダリア帝国のみならず、リジア翠国のご子息にまで手を出していたのか」

 父の言葉に重なって、女王が泣き声を大きくします。半狂乱、と言ってもいいくらいに。

 女王を良く見ると、コウキ様が作られた姿鏡が映したハルマの母親らしき黒髪の女性の面影が、確かにありました。鏡の女性は幸せそうでふっくらしていましたが、女王は痩せて、瞳に宿る光は狼の様な方だったので、今まで気づくことが出来ませんでしたが。

 父が言っていることは、全くの作り話でした。

 ですが、父が口にした事は真実になってしまうことを、私は知っていました。

 ハルマが震えだします。

 思わず、私は彼の手を握りました。ハルマは振りほどかずに、ぎゅっと握り返してくれました。

 しかし、父の攻撃は、やみません。

「私の娘とリジアのご子息をどうするつもりだったのだ! 人質にでも使う気だったか!?」

「違う! 母さんの悪口を言うな!」

 ハルマが私の手を強く握って、叫びました。

 闇魔法を使っているのかもしれません。けれど、父は…父に、指摘されて苦しく思う弱点なんて、あるのでしょうか。身内の私から見ても、くつろいでいる姿すら目にしたことはありません。

 父は、ふとハルマに視線を移しました。そのまま、私たちの固く繋がれた手に。そして、最後に私の顔を。

 ふむ、と手に顎を当てて漏らす呟きは、私に悪い予感と堪らない恐怖を与えます。

「リジア翠国のご子息よ。貴君は心優しき少年なのだろう。そして私の娘も、礼を忘れぬ自慢の娘だ。心優しき2人で協力し、魔女を説得し、自らこの場に連れてきてくれたのだな?」

 そして魔女を我らの前に引き出してくれたのだな。という、音にはしない声が聞こえてくるようです。

 父が導こうとする先を想像して、くらりと眩暈に襲われました。

 この場に並居る国王方から見たら、父が語るそれは、美しい話なのでしょう。室内に歓声が響きます。

 そういえばこの部屋は、王城にある教会の一室でした。私が5歳の時、創世双神に名乗りをあげた、あの一室。王城で最も広い場所だからか、警備の兵の関係か。それとも、と私は上を見上げました。

 ステンドグラスが嵌めこまれた天井から、美しい光が零れます。そこに描かれているのは創世双神。

 ああ、どうか…。

 イルシアータ様、イシルシュ様。どうか、魔女さんをお助け下さい。

 父の前では、私は神様に祈る事しかできないのです。自分の無力さに、歯がみしました。




 やっぱりやり手だなー、と、久しぶりの元王子を見て思います。

 なぜか不思議と、いつの間にやら王子の都合の良いような話になっちゃっているんですよね。

 召喚されたばかりで右も左も分からない時代は、何かにつけて、こちらの不安をあおるような事を言って脅して、自分だけを頼る様にとされたものでしたよ。

 気のせいなら良いのだが…侍女の入れる茶には注意を払っていて欲しい…とか。

 訓練用の剣はよく見ておいてくれ。少しでも不審なことがあれば、私に言って欲しい。とか。

 異世界って怖い、王宮って怖い、って思うでしょう。思わされるでしょう、日本で女子高生していた人間ならば!

 侍女さんはとても親切で優しくて、女の身で勇者に選ばれてしまった私をいつも心配してくれる良い人だったのに! 剣を教えてくれた騎士団の人たちは、私が大きな怪我をしないように注意して見ていてくれたし、訓練が終わったら打撲や潰れた豆に良い薬を持ってきてくれる良い人だったのに!

 王子の何気ない一言のせいで心の底からは誰も信用できなくて、相談もできなければ弱音も吐けないなんて状況に追い込まれましたよ。ノイローゼになるかとさえ思ったよ。

 それがまあ。

 パワーアップして渋いおじさんになっちゃって。昔はキラキラ王子だったのに、ずいぶん歳をとっちゃって。まあ、私はお婆ちゃんになっちゃいましたけど。


 なんて考えながら元王子を見ていると、

「違います!」

 と聖女が突然叫び出しました。

 確かに違うけど、どちらかというと今言うべきは嘘だ! じゃないかな。腹黒王子あらため腹腐り王は、ひとっつも本当の事言ってないです。

 でも聖女は何かにとても怒っていて、よく見ていろ、なんて言って急に私を引き寄せる。


 それで、私の目をじっと見つめてきます。

 何がしたいの聖女。敵はあっちだよ、あっち見て。

 私が目で促しているのに、聖女は顔をさらに近寄らせてきて。

 そしてそのまま、そのまま? え?

 

 唇が触れた。聖女のと、私のが。


 え?

 

 何が何だか分からないうちに、私の体から溢れるように光が湧きあがってきました。

 それは最初は透き通る緑で、すぐに青になって。黄、橙、赤、桃。紫に群青と七色に変わる。パッと黒い色が散り、真っ白い光が全てを白紙に戻す。

 すぐに天井から銀や金がキラキラと、雪のように降ってきて、床へ着く前に消えて行く。

 最後に、私の周りにふわっと虹色の円が浮かび上がって、キラッ、と目をくらませる光が響いて。


 この派手なのは何!?

 驚いているうちに、聖女はゆっくりと離れて行って、茶色い瞳がほどけるように笑う。

「ほら、戻った」

 視線を下ろすと、そこにあるのは皺だらけの手では無くて。

 滑らかな弾力を持つ、白い指と手のひら。そして長い黒髪。

 そういえば視界も広いし、背筋も伸びたのか視線が高い。

 私、もしかして、戻った? あれは禁術。呪いなのに?

 -――-――-ああしかも、なんでこの歳でセーラー服なんだろう。




 名残惜しく思いながら唇を離す。何が起こったのか分からない、という顔で、長い睫毛で瞬く姿は、とてもかわいい。

 魔女姿の詩織さんだって十分かわいかったけど、こっちの詩織さんは綺麗な上にかわいい。

 勇者が伝説の武器の中に常に着ていたというセーラーを身にまとい、ふわりと空気に溶ける長い黒髪と、雪の様な白い肌のコントラスト。きりっとした意思の強そうな眉。でも優しくて柔らかそうな目元。

 姿勢が良いから、磨きぬいた一本の剣のような凛とした立ち姿は、人々の記憶を呼び覚ましていく。

 ざわ、ざわ、と揺れる会場に向けて俺は言う。

「ここにいるこの方は! かつてこの世界を救った、勇者様なのです!!」


 ざわり。


 大きな揺らめきの後、1人2人と席を立つ。

 確かに勇者様だと。あの美しいお姿。救世の勇者様が生きていらした! と。熱狂に沸く王族たち。感激のあまり、泣きだす者さえいる。

 勇者様は、世界の恩人なのだ。誰からも愛されている。それなのに…

「シオ…。生きていたのか」

 諸悪の根源、ロンダリアの王が愕然と呟く。作っていない表情を初めて見たが、これを好機と話を先に進めて行く。

「『生きていたのか』ですか? -――――白々しい」

「何が言いたい」

 小首を傾げながら嘲笑うと、王がこちらを睨んで言った。

 ----釣れた!!

 口を挟む間は与えない。俺は息を吸い、声を張り上げて王を攻める。


「ご自分の胸に聞いてみてはいかがですか?

 役目が終われば老婆にして、山に捨てるその非道を!

 ああ、聖女として呼ばれた私は、役目が終わったら一体何にされる予定だったのでしょうね!?」


 突然の暴露に会場は揺れる。 

 山に? 老婆にして? ざわざわ、ざわざわと。

 ロンダリア帝国が大きな顔をしてこれたのは、何もかも勇者のおかげだ。詩織さんの手柄を我が物顔で使用してきた報いを受けるのは、今だ。

 本当は詩織さんは自ら老婆の姿になった。

 でも、そんなことがどうして王達に分かる? 『神眼』でもなければ普通は分からない。そして、それが事実であるかどうかは関係ないのだ。今、この場で、事実に聞こえるかが全て。

 王は何も言えず、苦しげに口元を歪める。

 そうだ。この状況で何を言っても、所詮言い訳にしか聞こえない。

 ロンダリア王、あんたの負けだ。


 俺はトドメの一言を放とうと、闇魔法を練り上げる。

「そもそも、----」

 それなのに、俺の口元を柔らかい手のひらが押さえて、遮る。思わず魔法を散らして横目で見ると、詩織さんは小さく首を振っている。

 どうして! 貴女を苦しめたのは目の前の男なのに。

 今責めれば、こいつを国王から追い落とすことだって出来るのに!

 怒りに似た感情で振りかえると、詩織さんは俺にだけ聞こえるように囁いた。


「13年も前の事なんて忘れたよ。大切なのは今だよ、青年」


 ……なんだよ、それ。

 詩織さんは絶対語らないけれど、この世界で受けた痛みは、そんな風に言えちゃうような軽いものじゃないじゃないか。

 それなのに、なんで、そんなに綺麗な表情で、言えるんだよ。


 ああもう。と、俺は唸る。手のひらを握りしめて、開いて、荒れる心をゆっくりと鎮める。

 もう、詩織さんには、全然敵わない。

 息を吐き出すと、思っていた以上に体に力が籠っていたことが分かって、俺もまだまだ未熟だ、と自分にむけて苦笑する。何だか愉快な気持ちになって、流れるように詩織さんに場を譲った。

 詩織さんは一歩前に出て、その澄んだ真っ黒の瞳で国王を射るように見た。


「陛下、お久しぶりでございます。シオン=カテューサ、この身を御前に表す事をお許し下さい」

 まず一言そう言って、詩織さんは臣下の礼をする。

 片足を着いて頭を下げて、肩に手を。プリーツスカートがふわりと膨らんで、長い黒髪からしゃらりと音がする。

「許す。顔を上げろ」

 声を掛けられて、上げる。

 物語にでも出てきそうな一連の動作に、俺も、周囲も、魅入って心奪われている。

 今からここは2人の舞台となるのだ。


「先ほど聖女が語ったは嘘にございます。わたくしはあの戦いの最後、魔王により呪いを受けたのです。100を越えた老婆の姿になり、その顔も、声も、姿も、技も、何もかもを腐らせて死ねと。あの悪鬼の、最後の悪あがきでございます。

わたくしはそのような姿を陛下と、民に、見せたくは無かったのでございます。

本日、このような不敬を犯してまで御前に参りましたのは、本当にお恥ずかしいのですが、褒美が惜しくなったからでございます。13年前、何でも望むものを下さると仰った、あの御言葉はまだ活きてございましょうか」


 詩織さんの良く通る声が会場を過ぎると、王族達は期待に満ちた目でこちらを見つめる。

 こうなればもう、王は是と答えるしかない。

 ありがとうございます、と詩織さんは静かに答えて目を伏せた。


 さあ、救世の勇者様は何を望むのだろう。

 地位だろうか、領地だろうか、財宝だろうか。それとも?

 勇者の功績の前にはどんな財宝も霞んでしまうだろう。勇者の望む、至上の宝を知りたいと、王族達は身を乗り出して詩織さんの言葉を待つ。


 どうか、と零れた言葉には、万感の思いが込められていた。


「どうか、この子供たちの言葉を聞いて下さい」


 並居る王達は困惑を浮かべる。

 そんな空気はどこ吹く風で、詩織さんは朗々と続ける。

「陛下が娘と呼ぶ少女も、リジア翠国のご子息と呼ぶ少年も、意思と言葉を持っております。立派な考えを胸に灯しています。陛下、政治も計略も策略も、今この時だけは全てお忘れになって、どうか、真摯な真心を持って、この2人の声に耳を傾けて欲しいのです」


 一言一言、強く心を込めて放つ詩織さんの言葉たち。そこには『神眼』で見てすら、裏も思惑も何もない。優しさと愛情がこもったその言葉達は、ゆっくりと何かの形を作って、王族達の胸に沁み込んでいく。

 ロンダリアの王はもはや何も言う事ができず、ただ、頷くのみだ。


 水を打ったように静まり返る会場で、王の目が最初に捉えたのはハルマだった。

 ハルマは王が自分を見ていることに気付くと、慌ててぺこりとお辞儀をした。

 先ほど産みの母親だと知った女王にも一度顔を向けて、王と女王の2人に向けて、言う。

「僕は、ここにいる母さんに助けてもらって、ずっと育ててもらいました。どんな時でも一緒にいてくれて、優しくて、僕は、母さんのことが大好きなんです。

 僕を産んでくれた人にここで会えて、本当に嬉しいと思います。でも、僕は、リジア翠国という国の人じゃありません。

 僕は、母さんとずっと一緒にいたいです」

 その答えに、たまらずに女王陛下が泣き伏した。痛ましい、という表情を周囲がするけれど、ハルマの言葉を聞いた王族達は、1人も文句を言い出さない。


 王は次に、ハルマの傍らで手を握り合う、自らの娘を見た。

 まっすぐに向かってくるアルアリアの目を直視して、その王に対して『状態:確信』と異世界特殊能力が反応した。今この時、ようやく、ロンダリアの王は自分の国の王位継承者が目の前にいる少女だと理解したのだ。

 アルアリアはすっと姿勢を正して礼をする。先ほど詩織さんが取ったのと全く同じ、臣下の礼。それだけで彼女の意思を会場中が知る。

「私は、ずっと自分が何者なのか分からずに生きてきました。勇者様にこの命を救って頂き、本来の姿を取り戻して初めて、この世界の素晴らしさを知り、自分に心があることを思い出したのです。

 陛下。私は、お近くで支えて差し上げたいと思う、素晴らしい方と出会いました。これからは、その方について生きて行きたい思います」

 顔を上げたアルアリアは、すっきりとした良い顔で笑う。


 アルアリアとハルマはお互いに微笑み合って、再び固く手を握りあい、王の言葉を待っている。

 王は目をつむって天を仰いだ。

 天井には色ガラスを嵌めこんだステンドグラスが、七色の光を落としている。長い髪の男性と女性。その2人の目の部分から零れる光が、ロンダリアの王の頬を、濡らしたように見える。


「勝手にしろ」


 わっ、と、会場中が湧いた。



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