王子による昔語り②
【王子:現在は呪いが解けたグレーテルによる回想】
小さい頃から、何かが納得できなくて、いつも不思議に思っていました。
この違和感は何?
ロンダリア帝国ではいくつか節目の記念日があります。
1歳では、神の管理から離れて、人の世界で生きていけるように王から創世双神の名乗りを与えられます。王族なら、男は『イルシアータ』、女は『イシルシュ』。私に与えられた名は『イルシアータ』だったので、アルブレヒト=イルシアータ=ロンダリアという名前になりました。
また5歳で、それまで男女同じように扱われていた子供を分けて育てるようになります。
1歳で人間となり、5歳で男となり、15歳で大人となるのです。
その5歳の記念日では、教会に集まって神の前で自分の名を名乗ります。4年を掛けて体に馴染んだ名を名乗り、双神に認めて頂く。この儀式を行わない人間は、双神の加護が得られずに成人を迎えるまで生きられないと言われています。
5歳の記念日の日、それまでそわそわと落ち着かなかった乳母が、思いつめた顔で私に囁きました。
「どうか、心の中ではイシルシュ様に祈りを捧げて下さい」
私は不思議でしたが、乳母のことが一番好きでしたので、素直に従いました。
儀式でイルシアータと名乗りながら、心の中ではイシルシュと唱える。今ならば、それがどれだけ罪深く、神を怒らせる行為か分かりますが、当時は何も考えてはいませんでした。
しかし、私の名乗りに神罰が下るということは、ありませんでした。儀式自体がただの通過儀礼となっていたのかもしれませんし、神が、私のことを見逃して下さったのかもしれません。
無事な姿で部屋に戻ってきた私を、乳母は驚くほどの力で抱きしめました。
泣いて、何度も何度も私に謝罪の言葉を伝えます。
勿論私は何も分かりませんでした。ですが乳母は、私にとって母なのです。
「だいじょうぶです。ゆるします」
乳母の腕を優しく叩くと、乳母はさらに泣いて。やはりただ、私に謝るのです。
時が経つにつれて、私は自分の歪さに気づくようになりました。
体は成長し、腕や足に筋肉がついていきました。剣の師匠からは筋が良いと褒められ、学を教える学者からは冴に富む天賦の才があると言われました。ですが何も嬉しくないのです。
それよりも、貴族の娘たちの煌びやかな装いが気になって仕方ありません。流行の色は何色か、どんな形のドレスが美しいか、また、少女たちにはどんな装いが最も引き立てるのか。そんなことばかり気になりました。
父からは、お前は幼くして女好きだな、と笑われましたが、これはそういう事なのだろうか、とどうにも納得できないものが胸を塞いでいました。




