聖女による昔語り①
【聖女:ヘンゼルによる魔女に出会うまでの回想
小さいころから、不自由をしたことは無かった。
かわいいかわいいと大人たちに褒められるうちに良い気になって、好まれる態度や言葉遣いを自然と覚えて行ったから、誰かに怒られたことも、嫌われたことも一度もない。
小学校に上がると、覚える事が楽しくてあっと言う間に学校で一番と言われるようになった。
勉強ができて、スポーツが出来て、態度も優しく、顔も良いと。にこにこ笑っていれば自然と人が寄ってきて、そのまま進学していった。
中学校、高校、大学。名前を言えば誰でも知っているような有名な学校に入って、友人は沢山いたし、恋人もとぎれずにいた。
このまま、就職して、誰かと結婚して、子供が出来て、上を目指しながら歳をとっていくのだろう。
誰もが思っているように、漠然とそんな未来を考えていた。
それは考えるだけで脳が死んで行くような暇な未来だったが、仕方が無い。この世界はそういう風に出来ているのだ。
しかし、そんな予想は全く間違いだった。
ある何でも無い日、大学に行く途中、目が眩むような光に包まれて、気が付いたら全く違う場所にいたのだ。
埃臭い石造りの、やたらと金や宝石の装飾の多い部屋の中で、劇の中でしか見られないような中世の恰好をした男がこちらを見ている。
「ようこそいらっしゃいました、聖女様」
男はうやうやしく頭を下げた。
へえ、聖女様…?
この状況と、男の言葉に面白くなってきて笑う。
そんな馬鹿なと思いながらも、問いかける声は期待に満ちていただろう。
「ここは、異世界?」
その通りです、という返答に笑みが深まって行く。
退屈な日常が終わりを告げた事を知った。




