97 食いしん坊の公爵
ダイニングルームにいそいそと入ってくる公爵の澄まし顔を見たら、何だか笑えてきた。
絶対にめちゃくちゃ楽しみにしていただろうに、うまく取り繕っているんだもの。
そして運ばれてきた料理をそれとなく目で追っていた公爵だけど、目の前に置かれた見たことのないポテトサラダに視線が釘付けになっている。
よしよし。
「この白くて滑らかなものは、潰したジャガイモをマヨネーズで味付けしたサラダになります」
「サラダ? これがサラダなのか?」
うーん。そういえば、この世界のサラダとはちょっと違うか。ついサラダって言っちゃったけど。
「はい。大部分はジャガイモですが、ハムやきゅうりや人参、玉ねぎなども入っていますので、少し形の変わったサラダだとお考えください。最近作り始めた新しい料理なのです」
「そうか……」
「食感も変わっておりますので、是非、ご感想をお聞かせください」
公爵は迷わずサラダを口に運んだ。
どう? どう?
口に入れた途端、舌をマヨネーズが直撃したはず。あとピリッと黒胡椒をきかせてもらったから、それがいいアクセントになっているはず。
さあ、どうなの?
いつもなら、すかさず、「美味いな」などと感想を言ってくれるのに、丁寧に咀嚼して飲み込むと、そのまま二口目に突入した。
もう、どうなの?
「オホン。リュドビク様? そちらの変わった料理はお口に合いましたか?」
お前が聞くのかよ、ギヨーム。
はっはーん。食べたいんだな。食べたいんでしょ? どうしよっかなー。ギヨームは客扱いじゃないからなー。
公爵のお供だから使用人扱いじゃないけど、でもわざわざサラダを付けてあげるほどでもないしなー。どうしよっかなー。ぐふふふ。
自分でも悪い顔になっていると思っていたところへ、公爵が、「素晴らしい」とつぶやくのが聞こえた。
「お気に召されましたか?」
「ああ。これは素晴らしい料理だ。実に素晴らしい。これは君が考えたのか?」
えーと。どうしよう……。何か、迂闊なことは言わない方がよさそうだな。
「料理人たちが知恵を絞ってくれたのです。私は試食して味の好みを伝えただけですわ」
「そうなのか? 王宮の料理人でもこれほどの料理を作れるとは思えぬ。素晴らしい料理人だ」
「お褒めいただきありがとうございます。彼女たちに伝えておきます。よろしければお代わりをお持ちしますが?」
「ああ、頼もう」
うわぁ。本当に気に入ってくれたんだ。
「ちなみに、デザートはシュークリームをご用意しております。デザートにしては少々食べ応えがあると思いますが」
要は、別腹大丈夫か? と言いたい訳で。
最初にシュークリームを公爵に出した時、大ぶりでクリームをパンパンに詰めてもらったから、それ以来、公爵用のシュークリームは巨大なものが定番化しちゃったんだよね。
まさか嫌がらせで作ってもらったのだとも言えず、今に至る……。
はい。ちょっぴり後悔しています。
「大丈夫だ。問題ない」
さようですか。では、堪能してください。
その後も公爵は美しい所作で食事をペロリと平らげた。見た目はものすごく貴族的で完璧なマナーなんだけど、食いしん坊オーラが出まくりなんだよね。
「食べることが大好きっ」って叫び続けながら食べているように見える。ふふふ。ちょっと可愛い。
「何だ?」
おっと! ニヤニヤしちゃってた?
「いえ。無事におもてなしができたようで安心しただけです」
「そうか」
とっても和やかな雰囲気のまま昼食を終えた私は、つかみはオッケーとばかりに自室で浮かれていた。
ソファーに座って両腕を左右に伸ばして背もたれに乗せる。少しばかり背もたれの方が高いので無理して乗せた腕が辛い。
ローラから、「おかしな座り癖がつくと年明けにサッシュバル夫人に叱られませんか?」と言われたけれど、今は聞き流す。
ちょっとカッコつけたいだけだから!
もう少ししたらレイモンが呼びに来るはず。
そうしたら応接室で公爵のお話とやらを、神妙な面持ちで聞かなければならない。
おそらく面白い話ではない本題に備えて、少しばかり精神統一をしておこう。




