92 護岸工事③
お待たせしました。
中途半端なところで終わっていました。
もうしばらく工事が続きます。
工事当日。快晴。ほんの少し肌寒い程度の気温。湿度は低く乾燥気味。
うん。工事日和だわ。
今日はパンツ姿なので、私を見た使用人たちが、思わず「うわっ」と声に出して慌てて口を塞いだり、ギョッとした表情を見せた後に取り繕ったりしている。
お騒がせしてすみませんね。
土を扱う訳だからきっと汚れるだろうし、魔法を使うときは膝をつくだろうからパンツ一択なんだよね。
今、私はとっても気分がいい。天気もそうだけど、何より、この日を迎えるまでに、派遣スタッフのキーファーとスコットが、ほんっとにいい仕事をしてくれたから。
私の探し求めていた石灰を用意してくれたのだ!
私が、「白っぽい岩とか石を集めてほしいの」と、めちゃくちゃざっくりした注文を出したら、二人はあちこちで見かけた白い石をかき集めてくれた。
お陰で、砕いて水と混ぜて固まるかどうかの実験ができた。発見したもんねー、石灰を!
それどころか、砕いた石灰石に水だけじゃなく砂や砂利も配合を変えながら色々混ぜて試していたら、灰色のなんちゃってコンクリートみたいなのが出来た。
これの強度はわからないけれど、土だけよりはマシなはず。このなんちゃってコンクリートで川に面した上部を固めておきたい。
そんな訳で、下流の川幅拡張の拡張幅の目安となるあたりに石灰と砂と砂利を一定間隔で置いてもらうことにした。
ガッチリ固めてやろうじゃないの!
カントリーハウスから馬車で一時間くらい走って、問題の蛇行している川べりに到着した。
今日は外出ということでローラだけじゃなくリエーフも一緒だ。
派遣スタッフの二人は既に到着していて私を待ってくれていた。補助作業員らしき人も二人いる。土木作業員というよりは農夫っぽい二人だ。
うん。準備万端だね。
「おはよう、皆さん。今日のために色々と準備をしてくださってありがとう」
責任者はやはりキーファーらしく、代表して挨拶してくれた。
「おはようございます、マルティーヌ様。領民の方々へは、マルティーヌ様の邪魔にならないよう見学等は遠慮していただきました。今日一日、川に近づく者はいないはずです」
なるほど。だから川べりには私たち以外いないのか。遠くの方の畑で作業している人たちはいるけどね。
ちょっとばかり寂しい気もするけど、工事に専念しよう。
「ご覧の通り、大きく蛇行していることがおわかりいただけると思います。今日掘削する川幅の目印は置いてありますが、まずはこの蛇行部分の工事範囲がどれくらいの距離になるのか歩かれてみてはいかがでしょうか」
「そうね。蛇行部分の工事が本来の目的ですものね。実際に作業する範囲を見ておきたいわ」
実は、川幅が十メートル近くありそうな思っていた以上に大きな川で、ちょっとだけビビってしまったんだよね。そのときの不安そうな私の顔をキーファーは見逃さなかったんだ。
もし無理だと思ったら、始める前にそう言える機会をくれたのかもしれない。
お散歩がてら気軽に、「何だか思っていたのと違うわ」とか、「やっぱり大人の仕事よね?」とか。
でも私はまだ挫けていないので、ぐいっと顎を上げてキーファーに言った。
「さあ、参りましょう」
ということで、蛇行の起点となっている所から、全員で川下へ向かって歩き始めた。
やっぱり地図上の数センチと自分の足で歩く数十メートルとは雲泥の差がある。
キーファーたちは私の歩くスピードに合わせてくれている。身長差はそのまま歩幅の差だからね。
蛇行の終点までは、思っていた以上に時間がかかった。
うん。なかなかの暴れ川だね。やんちゃな感じがビシバシ伝わってきた。
みんなは何も言わないけれど、多分、私の力に半信半疑なんだと思う。
いくら魔法が使えるといっても、こんなチビっ子がサクサク地面を掘れるなんて想像できないよね。
まずは下流の川幅拡張工事からだったよね。
よしっ。やってやろうじゃないの。
私、魔法を使っている時はマジで無敵感が半端ないんだよね。疲労も感じたことないし。
頼んでおいた石灰の山を見ると、俄然やる気が湧いてきた。
「じゃあまずは下流の川幅の拡張ね。川底も掘削しておけば、そうそう越水はしないわよね?」
「はい、マルティーヌ様。両方できれば下流域の水害はほぼなくなると思います」
「そう。よかった。じゃあ始めましょう。この辺りまで広げればいいのね?」
「はい。そこまで拡張していただければ十分だと思います」
まずは掘削ね。これは普通の土魔法の使い手なら誰でも出来ることだと思うけど、私は無意識に成形魔法も掛け合わせて使っていたみたい。
ショベルカーが掬った土をポイッと移すイメージで、掘削範囲の土をごそっと脇へ山積みにした。
私が地面に手を付けたと思ったら、ズドンと土山ができたので、何人かが、「えっぇぇ」とか「うわっ」とか声を出していた。
初めて見た人はやっぱり驚くのかな?
川の水量は少ないため、一箇所だけ丸く膨らんだところに静かにブワリと水が流れていく。
「今の水量は川底から数十センチくらいの水嵩ね。三十センチほど掘っておけばいいかしら?」
キーファーの方を向いて尋ねると、「はい! 十分だと思います!」と、なんだかテンションがおかしい返事があった。
「じゃあ、幅を削った分と川底を削った分の泥を一緒に積み上げていくから、それをならして固める作業は皆さんにお願いするわね」
「はい。そのために二人がおりますから!」
作業員の二人もなんだか鼻息が荒い。まあ、シャベルで平らにして踏み固める作業は急いでやらなくてもいいしね。
「あ、その前にお手伝いをお願いしたいのだけれど」
そうだった! コンクリートで固めておくんだった。
「ここに川の水を少しかけてくれるかしら?」
作業員の一人が、「はい」と返事をして、大きな柄杓のようなもので川の水を石灰の山にかけてくれた。
いよいよコンクリートを作るときがきた。ほんと言うと、素手で触りたくはないんだけどね。こればっかりは仕方がない。
でも触れておくだけで手で混ぜる必要はないので、実験を思い出して砂よりも砂利を多めに増やして混ぜ合わさった灰色のコンクリートもどきを作る。
「おぉぉぉ」
誰かと思ったらキーファーだった。目をキラキラと輝かせている。スコットも口は閉じているみたいだけど、目をパチクリさせている。
ふっふ〜。すごいでしょ? でもここからなのよ。
出来上がった手製のコンクリートを、川に面した上部に一メートルほどの幅で覆っていく。
またしても、「へぇぇ」という変な声が聞こえた。
もう誰の声かは気にせず、土をどかして上部をコンクリートで覆っての作業を黙々とこなしていく。
ちょこまかと水をかけてくれる作業員との息も合ってきた。
私が地面から手を離すと、すかさず水をちょろちょろとかけてくれて、手を洗わせてくれるのだ。
そうして次の石灰の山のところまで歩き、膝をついて、えいやぁっと一連の作業をして、また手を洗う。
五、六回繰り返したことろで、キーファーから声をかけられた。
「マルティーヌ様。そろそろ休憩なさいませんか?」
見た目は柔な少女に見えるかもしれないけれど、私、全然疲れていないから。
レイモンから、「作業は午前中だけにしてくださいませ」と言われているから、やれるところまでやっちゃいたいんだよね。
「大丈夫よ。まだ一時間も経っていないでしょ? 川幅の拡張って、後どれくらいかしら?」
「白い石の山はあと十箇所ほどございます。それより先は川幅が広がっているので、拡張の必要はございません」
ほうほう。下流になるほど川幅って広がるもんね。じゃあ、あと十回か。余裕、余裕〜。
「今やっている工事は簡単な土魔法だから、使っている魔法なんて本当に微々たるものなの。疲れは全く感じていないわ」
「さようでございますか……では……もう少しだけ続けられますか?」
キーファーはローラの視線を感じたらしく一瞬だけ言い淀んだけど、私が目で合図してローラに黙ってもらい、ローラが仕方がないとばかりに私たちから視線を外したので、彼もGOが出たと判断したらしい。
「ええ。休みたくなったら私から言うので、それまでは続けましょう」
そう言って石灰の山がなくなるまで作業を続けた。
途中で思いついて、三ヶ所ほど、川底近くまで下りられるように階段も作っておいた。何に使うか、そもそも使うことがあるのかわからないけど、あって困ることはないと思うので作っちゃう。
最後の拡張作業が終わり、川幅が広くなった川を眺めると、流れている水は底から十センチほどになっていた。
「ふぅ。川幅拡張は完了ね」
幅を広げてきた川上の方を見ると、泥土の山が点在していて自分の頑張り具合が一望できた。
今見る限りは、川の流れは緩やかで水量も大したことないけれど、数十年に一度の豪雨が降ったら、途端に濁った水がゴーゴーと流れ下ってやってくるからね。
いざというときの準備ができてよかった。




