79 常備薬作り①
ローラを厨房まで伝令に走らせた甲斐があって、ジュリアンさんにはお茶を飲んで休憩してもらうことができた。よかった……。
薬草畑に向かう途中、珍しくジュリアンさんがお菓子を褒めてくれた。
「先ほどいただいた焼き菓子ですが、こちらのお屋敷でしか食べることのできない珍しい物だと伺いました。いったいどうすれば、あのような可愛らしい焼き色が付くのですか? いや色よりも、サックリとしたあの食感です。あのような食材は引く手数多でしょう! それにレモンやオレンジがほんのりと香るクリームも食べたことがありません! マルティーヌ様。素晴らしいです。私はいただいた焼き菓子に感動すら覚えました!」
あらあら。ジュリアンさん……? ちょっと興奮し過ぎじゃないですか?
彼は貴族としてのマナーも完璧なので、もちろん前回の滞在時にだって褒めてくれたけど、今回の賞賛はものすごく熱がこもっている。
あれ? もしかして、マカロンの虜になっちゃった?
いざというときのために開発に励んでいたんだけど、初出しがジュリアンさんになるとはね……。あいつらとは日頃の行いが違うから、いいタイミングで来られたんだよね。
ふふふ。まぁ他ならぬジュリアンさんだから、帰るときには山ほど持たせてあげますよ。
「料理人に伝えておきますね。滞在中は一日のうちのどこかでお出しするようにいたしましょう」
「それは――申し訳ないです。お世話になっている身ですのに」
ジュリアンさんだけだよ。良識があるのは。うちに滞在する人たちはみんな当たり前のようにリクエストしてくるんだから。
そう。公爵ですら、やんわりと遠回しに食事やスイーツのリクエストをしていたからね。
「何をおっしゃるのですか。私の依頼でこのようなところまで足を運んでいただいているのです。おもてなしするのは当然ではありませんか」
本心ですよ?
「それは……どうも……」
ん?
無言のまま歩くジュリアンさんを見ると、少しだけ頬が赤い。
どうやら『毎日マカロンが食べたい』と正直に言うことの恥ずかしさと、心底食べたい欲望との間で揺れているみたい。
「ありがとう」だけでいいのに。
実は、ジュリアンさんをお招きすることが決まってから、私も一応最低限の受け入れ準備をしておいた。
薬草畑の近くに、農機具をしまっておくような小屋を建ててもらったのだ。本当に「ほったて小屋」なんだけど。
基礎工事もしていない地面の上に、壁と屋根があるだけの小屋。大きさは前世のガレージくらい。
私が、「一時的に使用するだけ」と言ったせいもあるけど、どうやら手の空いている大工の人数もそれほど多くはないらしく、少ない日数の拘束で出来る範囲がこれだったのだ。
「ジュリアンさん。あそこにあるのが作業小屋です。雨露をしのぐだけの簡単な作りですが。持ってこられた道具類は小屋の中に運んでおきました」
「十分です。マルティーヌ様。豪華な施設など必要ありません」
レイモンには、「調合を教えてもらう」と伝えておいたので、小屋の中にはテーブルと椅子と棚が設置されていた。
ジュリアンさんは壁際に並べられている木箱を一つテーブルの上に置くと、中身を取り出しては丁寧に確認し、テーブルの脇に置いたり棚に置いたりしていった。
同じようにして全ての箱の中身を取り出すと、「お待たせいたしました」と、ジュリアンさんは今日一番の笑顔を見せた。
あぁ、これよ、これ。ほんと、和むわぁ。
綺麗な青色の瞳がキラキラと輝いて、私に癒しの魔法をかけてくれるみたい。
ハッ。いかん、いかん。うっかり頬をペチペチと叩きそうになる自分を制して、上品ににっこりと微笑み返す。
「それではよろしくお願いします」
「はい。一緒に頑張りましょう」
一緒に! いいなあ、そういう言い方。めっちゃくちゃ、やる気が出るよ。
「ジュリアンさん。熱冷ましや痛み止めなどの薬も鑑定不要の調合で作れますか?」
そう。領民たちの欲しい薬の一位が解熱剤で、二位が鎮痛剤だった。
小さい子はしょっちゅう熱を出すもんね。痛みも大人は我慢できても子どもはそうはいかない。痛くて泣いている子どもは見ていられないよね。
なんと、例の派遣スタッフの人たちが、行く先々で領民たちと交わした会話からそんな要望まで聞き出してくれていたのだ。
貯水槽の設置場所に関する報告に付随して知らせてくれたときは、コンサルとして十年くらいの契約を交わしたいと思ったよ。
「はい。ポーションに比べれば効果は劣りますが、それでも日常的に使用する範囲でしたら十分なものが作れます」
やったー!!
現状では、摘み取った薬草をそのまま患部に使用する方法しかなかったから、「保存できない」という大きな問題があったんだよね。
そもそも前世みたいに、朝採り野菜がその日のうちにスーパーの売り場に並ぶような物流網がないから、薬草畑の薬草を、領地の津々浦々まで届けることができない。
薬に加工した状態でなら、各地で薬瓶を在庫として持つことができる。それこそ顔役の家にでも置いておいてもらえば、いざというときに役に立つはず。
「それでは今回はその二つを作ることにしましょう」
「はい!」
「では薬草摘みからですね」
「お任せください。前回お聞きした内容は全て覚えておりますから!」
うっかり胸をパンと叩いてしまった。令嬢が絶対にやらない仕草だよ……。
それでもジュリアンさんは口元を緩ませると、優しい眼差しで、「マルティーヌ様は覚えが早いので助かります」と言ってくれた。
ふっふっふ〜。
あー楽しい!
薬草畑の様子を確認したジュリアンさんは、恐縮している管理人にわざわざ声をかけてくれた。
「手入れが行き届いていますね。素晴らしいです。水やりも伝えた通りに、ちゃんと種類によって頻度を変えてくれたのですね」
「は、はい。何度も確認してくださったので間違えずにすみました」
私がレイモンの推薦した使用人の中から選んだ管理人は、弱冠十六歳の少年だ。
前回ジュリアンさんと一緒に薬草の苗を植えたとき手伝いに駆り出された使用人で、育て方のコツや注意点などを一緒に聞いた中では、彼が一番理解が早くて質問も的確だったのだ。
レイモンとしてもそこは及第点だったらしく、管理人候補の一人に入れてくれていた。
ただ彼の本命は、「領主から直々に任命されて薬草畑の管理者になる」ことの重大性から、おそらく周囲と軋轢を生まないような、いかにも人望がありますっていう三十代くらいの男性だったと思う。
レイモンの意図をビシバシと感じながらも、私は直感でこの少年を選んだ。
本当はもっと熟慮すべきだったのかもしれない……。伸び代込みでレイモンにもOKしてもらったけど、次からは気をつけよう。
そんな風に突如、役目を負わされた少年は相当なストレスの中、働いていたに違いない。
仕事ぶりを褒められた彼は、重責を果たすことができたと無邪気に喜んでいる。
あぁ。私ももっと足を運んで声をかけてあげればよかった。反省だわ……。
手が空いているときは、元の職場の厩舎で働いていると言っていたけど、いじめられたりはしていないよね?
少年には痛み止めに使う薬草を摘んでもらうことにして、私とジュリアンさんは熱冷ましの薬草を摘むことにした。
「それにしても、この畑の薬草は成分が濃いですね。マルティーヌ様の最初の土魔法の成果ではないでしょうか」
え? 本当に? だとしたら土の混ぜ具合が偶然にも最適だったのかな?
「ありがとうございます。もしかして今、鑑定をなさったのですか?」
「はい。ざっと全体を眺めただけですが」
あー羨ましい。私も鑑定してみたい。
褒められた私も少年同様に気分が上がり、カゴに山盛り薬草を摘んでしまった。山盛りは――ちょっと上品さに欠けるね。




