78 ジュリアンさんの再訪
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私は根に持つタイプだったらしい。
収穫祭での失態をギヨームに散々笑われたことは絶対に死ぬまで忘れないと、就寝前に固く自分に誓った。
そんな風に怒りに燃えて眠りについたせいで、悪夢を見てしまった。
私はステージの上でスポットライトを浴びながら、おかしなリズムで体をくねらせて、へっぽこなステップを踏んでは会場の爆笑をさらっていた。
最前列の真ん中にはギヨームがいて、「いいぞいいぞ」と手を叩きながら囃し立てている。
私はまるでギヨームに操られているかのように、彼の掛け声に応えてお尻を突き出したり腕を曲げたり回したりしている。
「うわぁぁ!」
ハアハアハアハア。どうして……?
いや、夢の見方を間違えているでしょ! 何やってんの、私!
私はギヨームに復讐したかったはず。
小さな私が大きな彼を一撃で倒したり、顔が腫れるほどボッコボコにする夢を見るべきだったのに。
どうして夢の中でまで、あんな恥ずかしい体験をしたんだろう……?
私のバカバカーっ!
そんなことがあったので、帰路につく公爵に美味しいお菓子を持たせてなるものかと、公爵家の馬車が走り出すまでレイモンやアルマを牽制して目を光らせ続けた。
せめてもの腹いせに、うっかり渡し間違えたことにして、お土産に固いライ麦パンを渡すことにしたのだ。
私は事前にレイモンとローラとケイトとアルマを部屋に呼んで、面と向かってしっかりそう言いつけた。
「何も聞かないで言う通りにしてちょうだい」
「マルティーヌ様――」
レイモンが神妙な面持ちで何かを言いかけた。
「聞きたくない! 何も言わないで!」
「コホン。ご指示は確かに承りました。そうではなく、収穫祭でのことなのですが――」
いーやー!! その話はしたくない。
「司祭様が最後に挨拶をしてくださったのです。『本来、祭りとは、大勢で集まり大いに騒ぐものなのです。騒ぎ疲れて眠った後は、全てのことを忘れているくらいに。本日ここにお集まりの皆さんも、是非、大いに飲んで食べて豊穣の喜びを全身で表現してください。明日の朝目覚めたとき、心地よい疲労と一緒に爽快感を感じられたならば、それは祭りを心から楽しんだ証です。豊穣の神も喜ばれることでしょう』と。ですから何もご心配はいりません」
いや、そんな話を聞いて領民たちが、「あー。だからかー」なんて思うはずがないでしょ!!
……はぁ。でも、せっかく慰めてくれたレイモンに当たり散らしたくはない。
「そ、そうなの。それでは次に司祭様にお会いする機会があれば、お礼を言わなくてはね」
「それがよろしゅうございます」
レイモンが真面目に私の指示に従ったかどうかは知らない。手土産の中身をいちいち確認したりはしていない。
公爵家の馬車を見たら、もうどうでもよくなった。というか、一刻も早く忘れたくなったのだ。
この馬車が視界から消えたら、嫌な過去も一緒に消す。そうして何もなかった日常に戻るのだ。忘れよう。忘れたい。忘れてやる。
幸いなことにサッシュバル夫人は良識があって、しかも幼い私に同情してくれた。
夫人の中では、アレは事故として分類されたらしく、それらしい話題には一切触れなかった。
そうして少しずつ心を癒しているところへ、とっておきのお薬が私の元にやって来た。
「マルティーヌ様。少し日が空きましたが、その後いかがですか?」
私にとってはビタミンのような存在のジュリアンさんが、久しぶりにカントリーハウスを訪ねてくれたのだ。
なんて素敵なご褒美!
そういえば先月、公爵にも許可取りがうまくいったと手紙に書いてあったじゃないの。
こちらに来る間の、留守にする際の調整が必要なので、定期的な訪問は今月からだと!
もう! すっかり忘れていた。
嫌なことばっかり覚えていて、こんな素敵なことを忘れていたなんて!
「ジュリアンさん。ようこそお越しくださいました。お会いできるのを楽しみに待っておりました」
本当に。もう、しばらくの間は、ジュリアンさん以外の客は来なくていいよ。
それにしても、最初の訪問から二月も経つのか……。
「そう言っていただけると嬉しいです。今回も荷物が多くて申し訳ないのですが」
ジュリアンさんが本当に申し訳なさそうに、横目でレイモンを見た。
レイモンなら大丈夫ですから。出来る男は、それくらいのことササッと処理しちゃいます。
私がレイモンをチラッと見ると、彼はジュリアンさんに控えめな視線を送って問題ない旨を答える。
「いえいえ。ご安心ください。身の回りのお品はお部屋に運んでございます。薬草関連の物につきましては、薬草畑の近くにお運びしておきましょうか?」
ほらね!
「そうしていただけると助かります」
「ジュリアンさん。それにしても今回は何をお持ちになられたのですか?」
「調合に必要な道具や備品等を持ってきました。リュドビク様が随分と融通してくださったのですよ? 私が準備していると、わざわざ必要な物資を尋ねられたくらいです」
へぇ……。公爵が?
ん? あぁ……。憐れむように私を見る公爵の青色の瞳を思い出してしまった。
なんだかお見舞いの品のような感じがしてきた……。駄目だな。まだ引きずっている……。
「それは有り難いですね。私もフランクール公――あ」
「どうされました?」
「い、いえ。フランクール公爵から、リュドビク様とお呼びすることを許していただきまして……」
ジュリアンさんはクスクス笑いながら聞いてきた。
「そうですか。やっとですね。マルティーヌ様の方から勇気を出してお尋ねになられたのですね?」
「……え?」
「こちらから踏み出さなければ、リュドビク様はそのようなことを言い出されたりしないですからね。お二人は親しい間柄なのに、呼び方だけは堅苦しいままだなと、ずっと思っていたのです」
……へ? 私と公爵って――親しかったっけ? ジュリアンさんにはそう見えていたの?
「私ではなく、パトリック様が提案してくださったのです」
「おや、そうでしたか。いずれにせよ、よかったですね」
よかったのかな? まぁよかったかもしれない。
「はい。少しだけお話ししやすくなったように感じます」
――なんて、ほとんど社交辞令だけど、公爵の近くで生活しているジュリアンさんには、これくらい言っておいた方がいいだろう。
そんなことよりも、彼には薬草の成長度合いを早く見てほしい。
「ジュリアンさん。お部屋で一息つかれましたら、薬草畑を一緒に見に行っていただきたいのですが」
「もちろんです。荷物を片付けたら一緒に参りましょう」
サンキュー!
あ、ジュリアンさんのことだから、あっという間に荷物を片付けて降りてくるかもしれない。とりあえず急いでお茶とお菓子を彼の部屋まで運ばせよう。




