77 祭りの後――後の祭り?
死にたい――は言い過ぎだけど、このままだと恥ずかしさのあまり悶え死ぬかもしれない。
人は恥ずかしさで死ねると思う。
『なんと! これは!! 死因は――ふむふむ――ほぉ――――羞恥ですな!!』
そんな検死結果の発表場面が脳裏に浮かぶ。
穴があったら入りたいどころか、しばらくはドラキュラみたいに開かずの間に閉じこもって、それこそ箱の中に隠れていたい気分。
特にギヨームには絶対に会いたくない。この先一年くらいは会いたくない。パトリック様もおんなじようなものかも。
目が覚めると、私室のベッドの上だった。少し気持ちが悪い。
しばらくボーッとしていると、ぽつりぽつりと昨夜の記憶が細切れに蘇ってきた。
「嘘……でしょ……?」
私、公爵に絡んじゃった……?
間違ってお酒を飲んだせいとはいえ、あの公爵に絡んだの?!
「うへへ。何へこんでんですかー? 悩みごとですかー? はい。はい。そういうときは甘いものを食べるんですよ。甘い物を食べて横になれば、大抵のことは忘れられますからねー。ヒャヒャヒャヒャ」
「君は――」
「……あ! ここじゃあ横になれませんねー。レーイモーン。ローラぁ。大丈夫。大丈夫ですよぉ? お持ち帰り用に、たぁっぷりと用意してあげますからねー。自宅でなら、思う存分ごろごろできるでしょー。ウッヒャヒャヒャヒャ」
「ご、ごろごろ? いや、それよりも君――」
「……あ! もしかして! お母様は口うるさい方ですかー? そんなことをしようものなら、こっぴどく叱るようなぁ? やっぱ、母親の小言ほど恐ろしいものはないですよねー。ふー! こっわー」
「母上はそのような――ではなく、私はごろごろなどしないし、仮に母上がそのような女性であっても叱られることが怖くて食べられないなどと――違う! その下賎なしゃべり方はどうしたのだ。突然、人が変わったような――」
正確ではないかもしれないけど、多分、こんな感じのやり取りをしたような……?
最後の方は、「公爵閣下!」とか、「マルティーヌ様」とか、何人かの叫び声が聞こえた気がするけど……。
私、人の手を振り払ってドタバタ動いていた――ような……?
トントントンと、ドアがノックされた。
嫌だ! 絶対に嫌だ。誰にも会いたくない。
「マルティーヌ様? まだお目覚めではございませんか? そろそろ朝のお支度をいたしませんと――」
ローラだ。ローラの声だ。
うぅぅぅ。ちょっと泣いてもいいかな?
「マルティーヌ様?」
ローラが音をさせないように、そぉっとドアを開けた。
私と目が合うとベッドまで飛んできた。
「マルティーヌ様。お目覚めだったのですね。ご気分はいかがですか? レイモンさんもすごく心配されていたのですよ」
「そ、そう。心配かけたようね。少しだるさを感じるくらいよ。問題ないわ」
「それはよろしゅうございました!」
そんなに感激しなくても……。裏を返せば、昨日の私はそこまで酷かったってこと?
「ね、ねえ、ローラ」
「はい。何でしょうか?」
「昨日のことなんだけど……」
途端にローラが、うっと、喉に何かを詰まらせたような反応をみせた。
やだ、怖い。何その反応? ほんと、怖いんですけど……!
「ローラ?」
「はい。マルティーヌ様は――。あの、マルティーヌ様――。大丈夫です! マルティーヌ様はいつだって可愛らしいですし、私たち自慢の領主様です」
……は? どうした急に? やだ。やだ。怖い。怖いよ。
ローラはしきりにうんうんとうなずいている。それって自分に無理やり言い聞かせているでしょ。
こんな生殺し状態は嫌だ。いっそのこと、一刀両断、思い切りやっちゃってくれないかな。
「ねえ、ローラ。私、昨日のことをよく覚えていないんだけど。中締めの挨拶をしないまま帰っちゃったんじゃないの?」
ローラが、ギョッとした顔で固まった。
はぁ。やっぱりね。挨拶していないんだね。
それで? 肝心なのは、どうして挨拶できなかったのか、なんだけど。
「あ、あの。その――。中締めの挨拶は――」
「中締めの挨拶は?」
「中締めの挨拶は――フランクール公爵閣下がなさいました」
「は?」
えぇぇっ?
「どうして? どうして公爵が?」
「それは――その。マルティーヌ様が体調を崩されましたので……」
「私、あそこで倒れちゃったの? みんなが見ている前で?」
「あ、いえ。そういう訳では――。そんなことより、お支度を急ぎませんと。収穫祭は大盛況のうちに終わったことですし」
どこがっ?! 私は三時の鐘も聞いていないし、自分で締めていないから中途半端に継続している気分だよ。
なおもしつこく食い下がる私と、それをいなすローラとの攻防戦が続いたけど、朝食の時間に遅れると余計な憶測を呼びそうだったので、ひとまずいつものルーティンを優先させることにした。
朝食のテーブルには、公爵とパトリック様とサッシュバル夫人が、いつも通りの様子で着席していた。
レイモンの側にギヨームらしき男の影を見たけど、視界には入れないと決めているので見なかったことにする。
いつもは私が一番早く席に着いているんだけど、今日はもしかして少し遅れちゃった?
「遅くなりました。お待たせしてしまい申し訳ございません」
マナー教育が恙なく順調に進んでいることをアピールしておかなくっちゃね。
「問題ない。私たちが時間より早く来ただけだ」
お! 公爵が庇ってくれた。
そういえば、私は昨日、公爵のピンチを救ってあげたんだった。
高貴な公爵閣下のイメージに大きなヒビが入って、ドンガラガッシャンと砕け散る手前でなんとか止めてあげたんだよね。
ふふふ。昨日の私、ナイス!! 公爵も結構大きな借りに感じてくれているみたいでよかった。
「そうだよ、マルティーヌ。僕たちは君を心配して早く来ただけなんだから。でも、よかった。落ち込んでいるんじゃないかと思ったけど、全然大丈夫そうだね!」
……は? 今、なんと?
パトリックのそのキラキラとした目は、別に嫌味とかじゃなく、さらりと本音を言ったってことだよね?
……え?
『落ち込んでいるんじゃないか?』って――。
私、落ち込むようなことをしたの? 嫌な予感が……。
ちょっ、やだ。公爵も夫人もそんな哀れむような目で見ないで。
ピキピキピキピキって、私の体にヒビが入る音が聞こえる……。
「でも、マルティーヌ。昨日は、ほんっとうに盛り上がったねぇ! 最後の君のダンスときたら! あれは傑作だよ! 素晴らしかったよ! まさに収穫祭にふさわしい豊穣を祝う女神のような舞だった! 型通りのステップなんかより、よっぽどいいよ! 魂の叫びを体全体で表現するとああなるんだね!」
ドンガラガッシャーン!!
私の体は魂諸共、見事に砕け散った……。終わった。終わったよ。
ダンス……?
ダンス――って?
この私がダンス――――!!
え? あの櫓舞台の上で? 領民たちが見ている前で?
ゔえぇぇぇぇぇ!!
魂の叫びの舞って何?! はぁ?!
「プッ! ククク」
離れたところから笑い声が聞こえた。
今、絶対に笑っちゃいけないところだよ。それを従者の分際で、よくも――。よくも――。
!!
ギヨームめ!!
「すみません、マルティーヌ様。笑うつもりはなかったのですが――思い出すと、ちょっと――ブブッ。あ、すみません。本当に笑うつもりはないのですが――。ブフッ」
両手で口を押さえたギヨームが、堪えきれずに笑い声を漏らす。
「まあギヨームの言う通り、確かに愉快な光景だったね。あははは。リュドビクはいつもの痩せ我慢で何でもない風を装っていたけどさ」
パトリック。お前もか。悪気がない分、余計に始末が悪い。
この中で正真正銘本物の貴族は、公爵と夫人だけじゃないの!
「いや、パトリック様。あれは我慢しろって言う方が無理ですよ。手をクルクル回しながら頭突きするみたいに頭を動かして。思い出しただけで――ブブッ。あっはっはっ。すみません。あははは。ふふふ」
「駄目だよ、ギヨーム。レディを笑うなんて――。でも、ふふふ。確かに思い出すと、ちょっと――」
おーまーえーたーちーー!!
こんないたいけな少女の失態を笑うとは、二人とも酷すぎる!
「ギヨーム。ここはフランクール公爵邸ではないぞ。しかも女性を笑うなど恥を知れ」
えぇ??
まさかそんなに正面切って公爵が庇ってくれるなんて思わなかった。
そっか……。私と公爵は、今じゃ恥かき仲間か。
ギヨームも、さすがに公爵から「謝罪しろ」と命じられる前に謝ってくれた。
「マルティーヌ様。大変失礼いたしました。リュドビク様のお身内同然に思うあまり悪ふざけが過ぎました。申し訳ございません」
ふん! 全然思っていないくせに!
「謝罪を受け入れます」
型通り謝られたらそう言うしかない。
「リュドビク様のおっしゃる通りです。マルティーヌ様の失敗は、よく確かめもせずに隣の席のグラスを取ってしまったことです。マナー違反ですわよ?」
……優しい。さすがサッシュバル夫人――って、あれ?
あれれ? 夫人が目を合わせてくれない。
夫人も会場のどこかから私の無意識のダンス(?)を見ていたってこと? そしてそれは、とても見ていられないほど酷かったってこと?
公爵は――何も話すつもりはないみたい。まぁ公爵の方も忘れたい一日だったしね。
くぅ……。ギヨームがまだ笑いたいのを我慢してる……。
もう、お約束のように、今にも床に崩れ落ちんばかりに背中を向けて肩を震わせているよ!
おのれ、ギヨーム!!
――――呪ってやる!!!!
ダンスは――――マルティーヌにリベンジの機会をあげるつもりです。




