69 貯水槽を作るぞ①
ケチャップを大量に納めたお陰なのか、要望に応えてシュークリームを披露したからなのか、はたまたダンスの練習を頑張る宣言をしたおかげか、やっぱりマヨネーズに感動したおかげか、それとも直談判の成果なのか。
――とにかく。公爵が、私が貯水槽を作ることを許可してくれた。
土魔法と称して設置していいと!
「モンテンセン伯爵領には必要なことだからな。私も最初の貯水槽設置には同行しよう。まずはどのようなものが作られるのか、見本となる貯水槽を一つ目立つ場所に作っておくのがよいだろう。その際、私が一緒にいれば、貯水槽を作る魔法を私が君に伝授したのだと説明しやすい。君の魔法については極力秘匿しておきたいので、どのような魔法をどう使うのかを私が助言していたことにしておこう」
公爵にこう言われたときは、ガッツポーズを我慢するのが大変だった。もしかしたら、ほんのちょっと飛び上がったかもしれない。
私が公爵の側にちょこんといるだけで貯水槽が出来上がったのなら、もう誰が見ても、ほぼほぼ公爵が作ったって思うよね。
あー。興奮が収まらない。
夕食の後に聞いたもんだから、その日の夜はなかなか寝付けなかった。
翌日の朝食時、サッシュバル夫人はうっきうきな私を見て、よくない兆候だと思ったらしい。
「マルティーヌ様。リュドビク様から、来年王都に戻られる前に、マルティーヌ様が貯水槽というものを作って回られると伺いましたけれど、学習と両立できないようであれば、私はリュドビク様にそのように進言しなければなりませんのよ?」
夫人にまっすぐ瞳を覗き込まれて、ピシャリと言われてしまった。
……ですよねぇ。
ちゃんと勉強をした上での、「領地経営への口出し」でした。
忙しい公爵は午後イチで出発しなければならないため、午前中に貯水槽を作るべく、私たち一行は急いでモーリスの小麦畑へと馬車を走らせた。
栄えある初号機ならぬ初号器は、モーリスの畑に設置することが決まっていたらしい。
既に収穫を終えた小麦畑なのに、モーリスの家の前には数十人ほどの領民が集まっていた。
私の視線の動きと表情から、心中を察知したレイモンがそっと教えてくれた。
「自分の土地に将来設置される貯水槽というものがどんな物なのか見に来ている者もいれば、単純にマルティーヌ様のなさることを興味本位で見に来た者もおります」
レイモンとしては、「領主が領地のために水不足の解消に努めて回る」という話を広げてくれる噂好きなら、誰でもウエルカムらしい。
オッケー。オッケー。
こうなったら、ドキドキハラハラの作業風景を見せてあげようじゃないの。
本当はパパッと出来ると思うけど、それじゃあ見ている方はつまんないもんね。わざわざ足を運んだ甲斐がないというもの。
途中で、もうダメかも――みたいな演出を入れたら、観衆から、「大丈夫か?」と心配され、「頑張れー」と、応援してもらえるかも知れない。
うん。なるべくそうなる感じが望ましい。
公爵と打ち合わせたシナリオでは、公爵が手をかざして大袈裟な動きをし、私もそれを真似てサポートをしている風に見せることになっている。
ぐふふふ。ここは一つ、もの凄く大変そうな感じでやるとしよう。
凄まじい集中力と練りに練った魔力を繊細にコントロールして初めて、瓦礫の山を貯水槽に生まれ変わらせることが出来るのだと、みんなに感じ取ってほしい。
よっし。頑張ろう!
レイモンに案内された貯水槽の設置場所は、一面に広がる小麦畑の端の、あぜ道の行き止まりだった。
公爵のところの派遣スタッフからの進言で、作物の生育の邪魔にならないところに設置していこうということになったのだ。
大きなタンクを畑の一角にポンポンと置いちゃうと、その分、作付け面積が減ってしまうし、巨大なタンクが影を作ってしまう。
そういう影響を及ぼさないところを選んでくれているのだ。
遠くではあるものの、モーリスの家が見える位置だった。
もしかすると、貯水槽に異常があった場合に備えて、いち早く発見できるようにと配慮してくれたのかもしれない。
目当ての場所には貯水槽の原材料となる様々な大きさの瓦礫がうず高く積まれている。
心配性なレイモンが用意させただけのことはある。
さすがにこれほどは必要なかったと思うけど、成形魔法で増やす余地をなるべく減らしておこうというレイモンの親心なので、ありがたく受け取る。
私の前を歩く公爵は、今日も眩しいくらいに華麗な格好をしているので、畑のあぜ道を進んで行く姿はなんだかとってもシュールで笑えてくる。
あー、駄目駄目。領民たちが見ているんだから気を引き締めないと。
公爵は瓦礫を挟んで観客たちに向き合う格好でスタンバイした。
ほう。ほう。このゴミのような山が貯水槽に変わる様を真正面から見せつけるつもりなんだね。
「私は直接は触れないが、遠目には触っているように見えるだろう。君は私の横で魔力を込めるような格好で両手を突き出すのだ。気をつけてそっと触れなさい」
「はい。最初ですし見物人もいるので、少し時間をかけて作りたいと思います」
「いいだろう。好きにやりたまえ」
そう言えば、成形魔法がどれくらいの時間を要するものなのか、公爵にはまだ本当のことを打ち明けていなかった。
考えていた時間の五倍くらい、公爵にも頑張っているなと思われるくらいに、じわじわと完成させるのがいいかな。
――それってやったことないけど、うまく出来るだろうか?




