67 ダンスの特訓相手
公爵はさすがの手練れだった。
私のささやかな嫌がらせなど物ともせずに、どこ吹く風で悠々と乗り切った。
口元を汚すことなくシュークリームを綺麗に食べ切ったのだ。
お皿にクリームがはみ出て、「ほらね」と思ったら、目にも止まらぬ速さでシュー皮で拭き取るようにして口へ運んでしまった。
もしかして、最初にナイフを入刀した感触で、ピピピピッと、どうやって食べるべきかの最適解を導き出したの?
なんてヤツ!
可愛くないよ、まったく。
よく初見でパンパンのクリームを捌けたな!
「それにしても、リュドビク様がここまで心配されていたとは思いませんでしたわ」
「うふふふ」と微笑みながら、サッシュバル夫人が本音とも冷やかしとも取れるような発言をした。
――夫人。この頭でっかちで融通の利かない人は、あなたの報告を額面通り信じて鵜呑みにした結果、わざわざこうしてこんな田舎くんだりまでやって来たのですよ!
まぁシュークリームを食べたかった、っていうのもあるみたいだけど。
あー。誰かに大声でグチりたい。
「あなたのことですから誇張ではなく、相当まずいのだと覚悟はしていたのですが。想像以上に酷くて驚きました。私には、マルティーヌ嬢が軽やかに舞う姿を思い浮かべることができません」
くぅー。悔しい。でも反論できない。
「時間をかければどうにかなるとお考えですか?」
公爵が両手の指を交差して、右手の人差し指だけトントンと動かしている。
「それなのですが……。私もさすがにダンスは専門外ですので何とも言えませんわ。足元を見ずに一曲踊れるくらいにはなっていただきたいのですけれど。まずは下を向いたままでもよいので、ステップを正確に踏めれば……。そうですね。年内いっぱいお時間をいただけないでしょうか。それで駄目ならば専門家にお任せすべきでしょうね」
「そうですか」
二人とも、本人を目の前にして遠慮が無いですね!
それにしても、私には「リズム感の欠如」という致命的な欠陥があるんですけど、これって克服できるものなの?
右足と左足の順番は覚えられるんだけど、足を出すタイミングがわからない。
夫人の手拍子から一拍遅れたり、裏を打つように足が出ちゃったりする。
……はぁ。
こういうとき、レイモンやローラは空気と同化してしまう。
私がフォローしてくれないかなぁと期待して視線を投げても受け止める気配すらない。
「何を他人事のようにしているのだ。君の話をしているのだぞ。現状を正しく理解できているのか?」
いや、聞いてますって。ちゃんとわかってますって。悔しいけど。
「申し訳ありません。自分でも思い出すだけで恥ずかしさが込み上げてきたものですから。このままでは恥ずかしさのあまり、人前に出ることさえ出来なくなりそうで怖いです。私といたしましても、学園入学までにはサッシュバル夫人からお墨付きをいただけるくらいにマスターしたいのです。ダンスの練習は今以上に励むつもりです」
「そうか……」
公爵のその仏頂面は、幼い私がしょぼくれた様子で殊勝なことを言ったのを見て、良心が疼いたことを隠すためですか?
まあ中身アラサーの私は、これくらいのことでショックなんて受けちゃいないんだけどね。
「まずはステップを問題なく踏めるようになること。それが出来たらペアで踊る練習ですわね。練習ではあまり身長差がない方がよいので、いつもいる護衛騎士の方にでもお手伝いいただけると助かるのですけれど」
そう言って夫人はレイモンの顔を見た。
え? レイモンが決めることなの?
「護衛騎士……」
公爵は呟きながらリエーフのことを思い出したみたい。
「まあ、マルティーヌ嬢の護衛騎士ならば、いつの日か叙爵される機会も――ないとは言えないかもしれぬな……。この屋敷にいる間は危険なこともないだろうから、今のうちにダンスを学んでおくのもよい案だろう」
え? リエーフが練習相手になるの?
リエーフのことだから、「恐れ多い」とか言って断りそうだけど。
レイモンに命じられたらやるかな?
「あー残念ですねー。私がもう少し小さかったら、ここに残ってお相手をして差し上げたものを」
ギヨームが横から口を出して大袈裟に残念がった。
はぁん? 余裕で百八十センチを超えている男が何を言う!
私の練習相手よりも公爵の護衛兼従者の方が大事な仕事でしょうが!
「ギヨーム。そのような冗談は聞きたくない。私たちは真面目な話をしているのだ」
「ええ、わかっていますとも。でも、あまりにマルティーヌ嬢が辛そうだったので、つい口を挟んじゃいました」
「……」
「……」
えー? 公爵も夫人もダンマリですか。
もう、ヤダ。この空気……。
それにしても、まずいなぁ。
私の評価がダダ下がったまま公爵に王都に戻られると、今後のお願いごと――絶対にあれこれ頼むことが出てくると思う――がしにくいよ……。
くぅー。仕方がない。
二人の機嫌を直すためにも、私に対する印象というか信頼度を回復させるためにも、夕食には絶対に外れないアレを出すとするか。
お茶が終わったらすぐに厨房に行こう。




