63 厨房の改造
お菓子を受け取りに来るフランクール公爵家の使用人が、いつもの馬ではなく荷馬車でやって来た。
荷馬車に大量のトマトを積んで持って来てくれたのだ。大中小の瓶も一緒に。
そして公爵からの手紙には、いつものように『勉強しろ。報告しろ』という前置きの後、
『君が捌ける量を確保した後、残りのケチャップは我が領地でも試験的に販売してみよう』
と、ものすごい上から目線で、要は「ケチャップを作って寄越せ」と書いてあった。
「ねえ、レイモン――」
「販売の許可をいただきましたし、試験販売もご協力いただけるとのことですので、ありがたくお受けするべきではないでしょうか」
「そう?」
何となくだけど……。最近のレイモンって、公爵を贔屓していない?
それにしても、これまでは鍋一つでコトコト煮ていた調理方法を早くも見直す必要が出てきた。
馬車いっぱいに積まれたトマトを調理するとなると、給食室くらいの設備が要りそう。
施設も道具も、ゆくゆくは作るつもりだったけど、ソース開発の優先順位は二番目なんだよね。
仕方がないので鍋の巨大化くらいはしておこうと厨房に向かう途中、一つ閃いた!
完成したケチャップを瓶詰めする工程で、瓶を煮沸消毒したいなって思っていたんだけど、熱湯から瓶を取り出す方法を思いついたのだ。
ファーストフード店やコンビニで使われているフライヤーみたいに、カゴに瓶を入れて煮ればいいんじゃない?
カゴに合うように四角い鍋を作って、それにカゴごと瓶をドボンとつけて煮て、バシャッとカゴごと引き上げればいい。
いいんじゃない? よしよし。大きな寸胴と煮沸消毒用の鍋&カゴだな。それくらいチャチャッと作れる。
厨房に入ると嫌でも目に入った。
隅の方に木箱が山積みされている。それなりに広い厨房でよかったよ。
蓋をされていない箱からトマトが見えているので、蓋をされている方の箱に瓶が入っているのだろう。
「マルティーヌ様。いったいいくつ入っているんでしょうか……?」
アルマが涙目になっている。
「なんか――ごめんなさいね。人って美味しいものを食べると、その味を忘れられなくなるのよ。あまりに美味しすぎるケチャップを作った罪――かしらね?」
「罪?! 罪なのですか!」
「ちがっ、ちょ、ちょっと落ち着いて、アルマ」
今のは私の言い方がまずかった。ごめん。ごめん。
「――でも。これで今年から商品として試験的に販売ができるわ。作っているうちに大量生産のために必要な道具や人員もわかるしね。本格的な販売を始める来年に向けて準備ができるというものよ。ひとまず、この一角をケチャップ製造専用にしてしまいましょう」
小テーブルのある隅っこ――といっても八畳くらいはあるんだけど――の模様替えをすることにした。
「ねえ、アルマ。洗い場と火を使う場所を決めてほしいんだけど」
「ここをわざわざ改装されるのですか?」
「ええ。私は土魔法の使い手だから、土や木を使って部屋を作り変えることは簡単に出来るのよ?」
そう言っておけば、成形魔法を使っても怪しまれないよね。
「では、ここでトマトを洗って、こちらで調理したいのですが……」
オッケー。オッケー。
「じゃあ、まずは……」
大テーブルのあるメインキッチンに行き、そこの壁のレンガを触って、三十センチくらいのブロックを思い浮かべて、それを十個に増やすようにイメージする。
それから増えた分だけを床に置くところまで想像すると、その通りレンガのブロックが床に十個積み上がった。
……すごい。分離できた。これ――触った物を単純に増やせるってことだよね?
ヤバいかも。
私の動作を見ていた厨房の使用人たちが、お口あんぐり状態になってしまった。
えぇっと。どうしよう……。
「まあ、初めて魔法を見ると、みんなそうなるわね。でも、これはものすごく初歩の初歩だから、魔法を使える人なら当たり前のように出来るものなのよ? だから感心するほどのことではないの」
わざわざ口止めして秘密にしてもらうのも変なので、とりあえず、「どうってことないよ」、「他人に言うほどのことじゃないよ」とだけ言っておく。
アルマがいち早く正気に戻り、レンガを抱えて二往復し、小テーブルまで運んでくれた。
本当によく気が利く。いい人を採用できてよかった。
彼女が希望した位置関係を広めにカバーするように、レンガのブロックを床と壁一面に埋め込むイメージで展開する。
私の成形魔法って、いったいどれくらいまで素材を増やせるのかと気になっていたけど、十倍二十倍は当たり前って感じだな。
この床と壁の一角だけでも、多分数百個に増えたんじゃない?
ちゃんと実験した方がいいのかな――などと思いながら、換気のための窓も作った。もうここまできたら勢いだ。
「どうかしら、アルマ? テーブルも少し大きくしておくわね」
「……マルティーヌ様。すごいです。素晴らしいです! 一瞬でここまで――」
いっけない。肝心の道具類を忘れているよ。
あーでもなぁ。土や石やレンガまでなら土魔法という説明でいけるかもしれないけど、鉄とかの金属ってどうだろう?
しかも形を変えてしまうのを見られたらまずいかもしれない。
「アルマ。大量のトマトを煮ることができるよう大きな鍋は注文済みだから、それが届くまではこれまで通りに作ってもらえるかしら?」
「かしこまりました。ケチャップが出来上がりましたら、一緒に届けられた瓶にお入れすればよいのでしょうか?」
「そうね。あ! 手間なんだけど、瓶は使う前に鍋で水から煮てちょうだいね。そうやっておけばケチャップが長持ちするはずだから」
この世界に殺菌という概念があるのかどうかわからないから、結論だけ言っておく。
自室に戻ったらリエーフが集めてくれた物の中から適当に見繕って、寸胴と煮沸消毒用の鍋を作ってしまおう。




