60 ロゴのデザインを発注
パトリックが私の姿絵を描くために滞在してから六日目。
彼を三時のお茶に誘ったら珍しく受けてくれた。例のお願いをするチャンスなので、逆にサッシュバル夫人をお断りした。
社交辞令として毎日パトリックをお茶に誘っていたけど、その度に「描いていたいから」と断られていたんだよね。
姿絵の完成の目処が立ったっていうことなのかな?
「――それで。絵はどんな風に仕上がっているのですか?」
会話の糸口として何気なく聞いただけのつもりだったけど、パトリックは、「おや?」と、大袈裟に顔を顰めてみせた。
「王妃陛下へお納めするものを、王妃陛下よりも先に目にするなど不敬じゃないかなぁ?」
おどけたような口調だけど、バッサリ切られてしまった。
た、確かに! すみません。
「そ、そうでした。今の発言はどうかお忘れください」
慌ててそう言うと、彼は「大丈夫だよ」と笑ってくれた。
「君は何も心配することはないから」
本当に?
何だか思わせぶりな言い方じゃない? 心配しておかなくてはいけない気にさせられるんですけど?
「それで……? 何かな? 僕に何か言いたそうだけど?」
す、鋭い。芸術家の勘ですか?
「あの。パトリック様。明日で約束の一週間になりますが。高名なパトリック様のことですから、きっとその後もご予定が詰まっておいでなのでしょうね?」
「うわぁー。出たよ、遠回しにふわふわと聞いてくるヤツ! ダイアナにそう習ったの? 子どもは子どもらしく話してほしいなぁ」
えーっと。「単刀直入に言えよ」ってことですか?
では、ご要望通りに。
「実はパトリック様に我が領地をイメージする図案を描いていただきたいのですが、お引き受けいただけますでしょうか? もしお引き受けいただけるのでしたら、お礼はいかほどご用意すればよろしいのでしょう?」
「そうそう! そうこなくっちゃ。それでいいんだよ。――って。図案? 紋章とは違う模様ってこと? 何それ?」
そっかー。そうだよね。紋章が領地のコーポレートデザインじゃん!
ま、それはそれでいいとして。私が欲しいのは商品に付けるロゴだからね。
うーん。ロゴの説明ってどう言えばいいのかな……。
「あの――。私は、我が領地ならではの特産品を開発し、王都や他領で販売したいと考えているのです。その際、一目見て我が領地の商品だとわかるような図柄を、全ての商品に付して差別化を図りたいのです」
結局、ローラに言ったことと同じ説明になってしまった。
「へー。面白いことを考えるねぇ。つまり、商品に着せるドレスのデザインみたいなものかな?」
「そうです! パトリック様ならば、誰もが思わず商品を手に取ってみたくなるような絵を描いてくださるのではないかと思いまして、図々しくもお願いした次第です」
「ふーん……」
えーっと。何で見つめられているのかな?
「その、対価につきましては――」
「いいよ」
「え? お引き受けくださるのですか?」
「そうだけど。別に対価はいらないよっていう意味の『いいよ』だよ?」
いや、ちょっと。なんか怖い。ただより怖いものはないっていう――その手のやつの怖さを感じる。
「いえ。そんな訳には参りません」
「もぉ。すっかりリュドビクに似ちゃったねぇ。ここでの生活を楽しませてもらったお礼だよ。王都では出会えなかった料理やお菓子に会えたからね」
おっ! ということは私の作戦は間違っていなかったということだ。
「では、パトリック様。明日の十時のお茶もご一緒していただけますか? まだどなたにもお出ししたことのない初出しのお菓子を、お礼にご用意致しますので」
「本当に!? もちろん、いいとも! 楽しみだなぁ」
シュークリームで足りたっぽい。マカロンは不測の事態に備えてとっておこう――まだ出来ていないし。
「あー、でもさ。それっていつまでに描けばいいの? それと領地の図案? さすがにここのことを知らないと描けないよね?」
ふっふっふっ。その質問は想定内。
「もう一週間ほど滞在を延ばされてはいかがでしょうか? 領内も自由に見て回っていただいて構いません。馬車と使用人をお使いくださいませ。もちろんその間のお食事とお茶につきましては、精一杯のおもてなしをさせていただきます」
「いいね! いいね!」
パトリックは子どものようにピョン! と飛び上がって喜んだ。
おじさん子どもだなぁ。
かくしてパトリックの滞在延長が決まった。
私はロゴデザインを無事に発注できたので言うことはない。
ただ、翌日の十時のお茶もパトリックと二人だけでいただくことになり、若干、夫人に怪しまれた気がする。




