53 プリンに夢中
公爵家の馬車の改造は、それこそチョチョイのチョイで完了した。
暇つぶしのお茶もセーブしないと、お腹がたっぷんたっぷんになっちゃう。
公爵のせいで、今日は午後の講義もお休みになった。
レイモンによると、サッシュバル夫人には公爵がものすごく丁寧に謝ってくれたらしい。
まぁ三時のおやつと夕食のためならお安い御用だよね。
それにしても食いしん坊が増えたな。
厨房に行くと叱られそうなので、アルマとケイトに馬車置き場まで来てもらい、打ち合わせをする羽目に……。
パトリックが滞在する一週間の間に、公爵が食べたことのないスイーツを出してしまうと厄介だ。
彼が王都に戻った後、公爵に、「そういえば、アレ! 美味しかったなぁ」などと自慢されると後が恐ろしい。
これから一週間は、基本的に公爵の知っている焼き菓子で回すことにした。
それでもさすがに一週間後の出立する日くらいは特別なスイーツを出してあげたいので、その分を今日の午後のお茶の時間に公爵にお披露目しておくことにする。
ずばり、プリンを考えている。
男性も結構プリン好きだもんね。
今日はクラッシックな固めのプリンで、一週間後はとろりとしたクリームプリンにするつもり。
生クリームを入れなくても、ミルクや卵白との対比で卵黄を多めにすれば割とクリーミーなプリンになるので、バレても同じものだと言い張れる。
「マルティーヌ様。そろそろお戻りになっても大丈夫だと思います。お菓子の方も問題なさそうでした」
「そう? よかったわ」
サンキュー、レイモン。厨房に確認に行ってくれたんだね。
パトリック。公爵。サッシュバル夫人。それに私。
何ともにぎやかなメンバーだ。四人いたらもうお茶会だよね。
大人三人は知り合いだからか、それとも一応公の場として社交をしているのか、とにかく席に着く前から話が弾んでいる。
「それにしても、日用品はともかくとして、お着替えがままならないのはご不便ですわね。パトリック様」
「いや別に? 絵を仕上げているときは着替えたりしないからね」
パトリックの予想外の返事に夫人がピキッとなった。
「不潔!」って心の中でつぶやいていそう。
「それに僕の可愛い甥っ子があれこれと世話を焼きたがって――」
「『どうしたもんかなぁ?』と、そちらから泣きついてこられたのをお忘れですか?」
相変わらずだね二人とも。
そんな彼らもレイモンがワゴンを押して入ってくると黙った。
すごい。スイーツにこんな力があったとは。
レイモンはプリンを揺らすことなくサーブしたのに、お行儀の悪いパトリックが、むむむっと顔を近づけて、子どもみたいにお皿を揺らした。
公爵も夫人もその様子を興味深げに見ている。
プリンがお皿の上で、ふるんと震えると、三人の顔が一斉にほころんだ。
まぁ可愛いけども。いい大人がスイーツに翻弄されている……。
口を開いたのは、やっぱりパトリック。
「マルティーヌ! 何だい? これは! 何だかとてもワクワクしてきたよ。見たことのないものだけど、ものすごく美味しそうだね」
「これはプリンという冷たいお菓子になります。ミルクと卵と砂糖を混ぜて蒸し焼きにしたものです」
「は? それだけ? どうして今まで誰も作らなかったんだろう!?」
「どうぞお召し上がりください」
ふふふ。食べて驚け!
柔らかそうに見えて固い。それでいて滑らかな食感。この世界でこんな不思議食感はないでしょう?
さあっ! さあっ!
パトリックが最初に口に入れた。
「……! これは――」
緑色の瞳をうるうると潤ませて、パトリックが感動している。そしてまた一口食べてうるうるして――を繰り返している。
公爵は無言で食べ進めている。
ほんと、公爵って気に入ったものは会話に参加せずに夢中で食べるよね。
その点、夫人はいつもちゃんと言葉にしてくれる。
「まあスプーンですくうとずしりとした重さを感じるのに、いざ口へ入れると、するりと溶けていくようですわ」
「本当だねぇ。ミルクと卵と砂糖だけで出来ているなんて信じられないよ」
「……」
三人とも気に入ってくれたようでなにより。
いつも公爵の側にいるはずのギヨームが、部屋の隅でレイモンに話しかけている。
きっと、プリンを後で部屋に持って来て欲しいとねだっているんだ。ブランマンジェも所望したらしいから。
それにしても、公爵に言葉で「美味しい」と言わせてみたいな。
いつか、直径十五センチくらいの、どでかプリンを出してみようか?
「一人前です」って言ったら、どんな顔をするかな?
翌朝。
朝食後に公爵たちはやっと出発してくれた。
もちろん、これでもかというほどお土産を渡した。なけなしのケチャップも――ピクルス用の瓶に入れていたのが見つかって、二つも取られてしまった。
私がムクれていると、サッシュバル夫人が笑いながら声をかけてくれた。
「リュドビク様は一見すると、ただただ厳しくて取り付く島もないように見えるかもしれません」
「いえ、そのようなことは……」
さすがにうなずくことはできないので、社交辞令を交えて返事をしようとすると、夫人が「ふふふ」と優しく笑って続けた。
「マルティーヌ様とリュドビク様との間には、大きな壁があるように感じられるかもしれませんが、その壁は人並み以上に傷つきやすい心を守るためのものだと理解して差し上げてください」
は? あの公爵が傷つきやすいと……? そんな柔な人間には見えないけどなぁ。
「サッシュバル夫人は、フランクール公爵のことをよくご存知なのですね」
「ええ。リュドビク様の母君とは昔からの友人なのです。王立学園で一緒に学園生活を堪能した仲なのです」
「うふっ」と笑う夫人。悪役の笑顔になっていますよ。もしや学園に君臨されていらっしゃった?




