52 公爵家の馬車までも
私たち貴族は、王族の要求を拒否することなどできない。
公爵が私の意向を聞かずにパトリックの滞在を認めたのもそれが理由だ。
彼がたまたま居合わせてくれたから一週間で済んだものの、もしいなかったら、何だかんだと理由をつけられて一月以上滞在されていたかもしれない。
そのパトリックは、あてがわれた部屋を確認してから手紙を何通か出すと言っていた。色々送ってもらわないといけないものね。
公爵たちは、既に午前中に荷物を馬車に運び込んでいたので、いつでも出発できそう。
ここは感謝を込めて、焼き菓子を多めに渡しておくべきだろう。
レイモンが珍しく、アルマにお土産用の焼き菓子の量を増やすように指示したらしいけど、それに上乗せして私たちの茶菓子のストックも渡そうかな。
そんなことを考えながら公爵の見送りのためにエントランスまで来た私は、ギヨームに捕まった。
「マルティーヌ様! しばらくお会いできなくなるのでお聞きしたいのですが」
ギヨームは、いつも以上にニッコニコだ。
――なんか嫌な予感がするんですけど。
エントランスポーチの前まで回された公爵家の馬車を確認してきただけだよね?
「実は、昨日から気になっていたんですけど。モンテンセン伯爵家の馬車が大きいのは先代の趣味なのですか?」
うげっ。
昨日到着したときって、ギヨームも公爵と一緒にエントランスで馬車を降りたよね? 何で? いつ馬車置き場に行ったの?
「へえ……。そんな顔をされるなんて、とーっても興味深いですねー」
え? どんな顔? 私もしかして、「しまったー!」って顔に出ちゃってた?
「え? いえ。ええと。は?」
何をテンパってるんだ私は!
ギヨームの口角がこれ以上ないところまで上がって、目尻は逆に下がっている。
ちょっ、ちょっと!
「なるほど。なるほど。そうですか。そうでしたか。これはこれは!」
何にも言っていないのに、ギヨームは全てを理解したようなことを言って、階段を上がって行った。
ハッ! 公爵にとんでもない報告をするつもりだ!
「レイモン! 今のって――」
「おそらくマルティーヌ様のご想像通りかと」
うぇぇぇ! マジでぇぇぇ!
マジでマジだった。
ギヨームはあっという間に公爵を連れて降りてきて、私は馬車置き場へとしょっぴかれた。
「ふむ。説明を聞かせてもらおうか」
私の改造した馬車を見て、公爵が薄い笑みを浮かべて言った。
万事休す!
どこをどんな風に改造したのか、事細かく説明させられた。
公爵は表情に出さなかったけど、ギヨームの目がどんどん輝きを増していくのがわかった。
私のテンションはダダ下がりだよ。
もー言われなくても察しが付くよ。
「さすがに横縦両方に拡張すると目立つかもしれないが、縦方向だけならばそれほど目立たないだろう。まあ目立ったからといって、誰も魔法で拡張したとは思うまい」
くぅ。乗り気ですね公爵。
つまり、公爵家の馬車もウチの馬車みたいに縦方向に拡張した上で、内装もいじってくれっていうことですね?
「恐れながら申し上げます」
「何だ?」
あ! レイモン! ナイス! そうだ。言ってやって。急には無理だって!
「マルティーヌ様が成形魔法で馬車を改造された際、鐘一つ分ほど要していらっしゃいました。今からでは今日の出発が難しくなりますが」
「やむを得んな。今日も世話になるとしよう。出発は明朝に延期だ」
はぁっ?! 泊まるの?! えー!!
「ではひとまず荷物を下ろさせます。リュドビク様はお部屋で休んでいてください。マルティーヌ様への注文は私にお任せを! 大丈夫です。万事心得ておりますから!」
「わかった。ではギヨーム。お前に任せる」
ちょっとー!! 私に「NO」と言う権利はないの?
公爵があっさり延泊を決めた理由はわかってる……。
三時のお茶と夕食と、そんでもって明日の朝食が目当てですねっ!
「では、ご要望につきましては私もマルティーヌ様と一緒に伺わせていただきます」
よかった。レイモンが一緒なら、一方的にギヨームにやり込められることはないはず。
「いやー、この座面が取り外せて中に物が入れられるのはいいですね。それに上に棚があるのも便利だし。座ってしまえば気にならないな。うんうん。あと――」
ギヨームの要望は留まる所を知らない。どんどん出てくる。
「やっぱり横幅もすこーしだけ伸ばしてほしいかなー。公爵家の馬車なんだから、他家のものより大きくったって何の問題もないからねー」
……あれ? じゃあウチの馬車は王都で走らせると問題? 家格が上の馬車とすれ違うとき、「何だアレは! どこの家の馬車だ!」とかってなる?
王都に戻るときには元に戻すのを忘れないようにしよう……。
「――承知いたしました。それでは私の方で責任をもってご要望通りの馬車となりますよう、マルティーヌ様のお手伝いをさせていただきます。ギヨーム様はどうぞお部屋でおくつろぎください」
「へー。どういう風に魔法を使うかは秘密なんだ……。私に見られるとまずい理由を知りたいなー」
「ギヨーム様。どうか――」
「嘘。嘘。冗談だってば。わかったよ。大人しく屋敷に戻るよ。だから、さっき言ったことはぜーんぶやっておいてね」
「かしこまりました」
レイモンが、表情が見えないくらい深々とお辞儀をした。
さすがにギヨームも、立ち去るまでは彼が頭を上げないと察したらしい。
大人しく屋敷の方へ去ってくれた。
「はぁー」
私がため息をつくと、ローラが慰めてくれた。
「マルティーヌ様。鐘一つ分の時間を潰す必要がございますから、お茶とお菓子をお持ちしますね。それにしても安請け合いしなくてよかったですね。あっという間に出来ることがわかると、この先、何を依頼されるかわかったものじゃありませんからね」
確かに!! すごいわ、レイモン!!
パパッとやっていたら、めっちゃくちゃ便利使いされていたかも。
あ、危なかった……。
いつの間に準備していたのか、リエーフが木製の丸テーブルと椅子を持ってきてくれていた。助かるー!
「それではここはリエーフとローラに任せました。私は一度屋敷に戻り公爵閣下たちの様子を確認してまいります」
「本当にありがとう、レイモン」
「いいえ。当然の仕事をしたまでです」
「あ、待って。レイモン。一つだけ聞きたいことがあるの」
「何でございましょう?」
ここには私たちしかいないので、ちょうどよかった。
パトリックの盗難事件がずっと頭から離れなかったんだ。
「ねえ、レイモン。この領地で犯罪が起こると、どういう手続きが行われるの? と言うより、被害者たちはどうしているの?」
三人ともがハッと表情を曇らせた。そりゃあ言いづらいよね。でも私は知っておかなければならない。
「犯罪に限った話ではありませんが――。自警団のような組織もございませんから、問題が生じた場合は知り合いの顔役のところへ相談に行くはずです。事の次第によっては、ここカントリーハウスまで顔役が知らせに来ます」
「そう――だったのね……」
顔役……。おそらく、それなりに裕福で人望のある人物が、まとめ役のようなことをしているのだろう。
その顔役と言われる人たちだって本業を行っているはずで、世話役はあくまでもボランティアだ。
これまでそうしてきたからといって、甘えてはいけないと思う。
あー。なんか誰もいないところで叫びたい気分。
どうしたもんかなー、これ……。
一番いいのは、KOBANみたいなのを設置することだと思うんだけど。
荒事が持ち込まれることを考えると、それなりに武術を嗜んでいる人が必要だろうし……。
騎士がいない今、領民たちを鍛えるとなると何年かかることやら……。
十五年間、人材の育成をしてこなかったのが痛い。平民のポテンシャルの底上げが必須だな。
気をつけないといけないのは、「魚じゃなくて竿を渡すこと」。
問題解決のために、何でもかんでも私が成形魔法で作ったんじゃ意味がない。
平民たちが自らの手で再現できるようなものであるべきだもの。
あー、でもそれは優先してやることじゃない。
人を育てる前にやらなきゃいけないことが山積みだ。
もー!! 悩ましい!!
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次の節目は100話かな?
引き続きお付き合いよろしくお願いします。




