48 【閑話】保護者たち②
話が一段落するまで待っていたサッシュバル夫人が、問題を提起した。
「そんなことよりも、マルティーヌ様について話し合いませんと。夕食にはきちんとドレスに着替えていらっしゃいますが、普段のお召し物に対する無関心さには驚かされましたわ。ご家庭の事情も考慮して、私はできるだけ学習以外のことには口出ししないようにしておりますけれど」
夫人が言わんとしていることは、レイモン自身も感じていたことだ。彼女の非難めいた視線は甘んじて受け止めるしかない。
「普通はどんなに小さな子どもでも、女の子であれば可愛らしく着飾りたいと思うものですのに。マルティーヌ様は、ご自身を飾られることにご興味がなさすぎるように思うのです。普段のドレスも、もう少しご身分に相応しいものにしていただきたいのですけれど」
リュドビクも顎を触りながら思案を巡らせた。
「そういえば、今日挨拶をしたときは質素なドレスを着ていたな。王都ではいつも、それなりの格好をしていたと思うが」
レイモンはそっと目を伏せ、一瞬だけ瞑目した。そして目を開くと、リュドビクをしっかりと見据えて話し始めた。
「フランクール公爵閣下。マルティーヌ様からお話を聞かれているかと存じますが、このお屋敷でマルティーヌ様が普段着られているお召し物は、全てマルティーヌ様が自ら作られたものでございます」
リュドビクはハッとして、彼の言葉の意味に思い至った。
「……そう――だったのか。なるほどな」
サッシュバル夫人は、通じ合っている二人に置いていかれたようで、すぐさま説明を求めた。
「マルティーヌ様がドレスを縫われたということですか? おかしいですわね。マルティーヌ様の裁縫の腕はそこまでではございませんわよ?」
「実は――。マルティーヌ嬢は少し変わった固有魔法を有しているのです。触れた物の色や形を変えることができるようなのです。おそらく普段着ているドレスも、布地を触って簡易なドレスに仕立てたのでしょう」
「まあ! そんな――そんなことが可能ですの? そういうことでしたの……」
信頼できる相手だから後見人の秘密を打ち明けたリュドビクだったが、自分が懸念していることを夫人がどの程度感じているか確かめておきたかった。
「あなたは王族方についてどのような印象をお持ちですか?」
「あら、おかしなことをお聞きになるのですね? リュドビク様の方がよくご存知ではありませんか」
「国王陛下と王太子殿下については、まあそれなりに理解しているつもりです」
「なるほど……。同じ女性として、あの俗物をどう見るかとお尋ねされた訳なのですね」
サッシュバル夫人が王妃陛下のことを「俗物」と称したことに驚いたリュドビクだったが、彼女の、「あなたがそう言わせたのですよ?」という表情を見て、そういえばこういう方だったと思い出し、ため息をついた。
夫人はお構いなしに続ける。
「あのお方は昔とちっともお変わりないようですわね。話題のモノに飛びつく悪い癖は直っていないようですし。周囲が引くような変わったモノも大好きでいらっしゃる……。つまり――」
マルティーヌの固有魔法が王妃に知られたら、とんでもなく厄介なことになるということだ。
彼女が飽きるまで、色々と魔法を使わされることだろう。ただただ面白半分に。
国防や産業面でその力が使えないかと囲い込まれることも怖いが、王妃の飽くなき好奇心に付き合わされるのも相当に恐ろしい。
リュドビクとサッシュバル夫人は、揃って「はぁー」とため息をついた。
「くれぐれも露見しないよう、領地にいる間もどうか留意していただきたい」
「承知しました。ですが、学園に入学した後の方が大変かもしれませんね。マルティーヌ様は賢いとはいえ、あまりに世の中のことをご存知ないようですから」
「そうですね」
リュドビクがしみじみと同意する。
……本当に。頭の痛い話だ。
「まあ心配したところでどうなる訳でもありませんわ。それよりも当面の問題ですが、学園に入学されるまでに一度――来年になるかと思いますが、お茶会の主催をマルティーヌ様に経験していただきたいと思うのです。招待客などはもちろんリュドビク様にご相談させていただきますけれど」
サッシュバル夫人がチラリとリュドビクを窺う。
「ええ。そうですね。よいと思います」
「うふふ。ここの料理人の腕は素晴らしいですからね。お料理もお菓子も申し分ありません」
レイモンが少しだけ頬を紅潮させて申し添えた。
「珍しいものは、料理も菓子も全てマルティーヌ様のご発案でございます」
「彼女が厨房で料理をしているのか?」
リュドビクの黒い瞳に射抜かれてもレイモンはたじろがない。
「いいえ。決してそのようなことはございません。確かに厨房に足を運ばれることはございますが、料理人に指示をするだけですので」
またしてもギヨームが割り込んで茶化した。
「そのお茶会には是非とも招待していただきたいなー。きっと色んなお菓子が――王都でも食べられないような美味しいものが出るんだろうねー」
リュドビクがいくら顔をしかめようと、ギヨームは気にする素振りすら見せない。
「あー。明日にはここを離れるけど、マルティーヌ様のことだから、きっとお土産に日持ちのするお菓子をたくさん持たせてくれるんだろうなー。できれば想定されている倍は持って帰りたいなー」
レイモンは全く表情を変えないが、ギヨームはもちろん承知の上だ。彼の耳にさえ入れておけば実現するのだから問題ない。
「フランクール公爵閣下。お話を戻してしまい恐縮なのですが。マルティーヌ様がケチャップと名付けられたものの商品化につきましては、進めてよろしいのでしょうか? ――と申しましても、今年はもう原材料が尽きてしまったので来年の話になるとは思いますが」
……そうだな。モンテンセン伯爵領の発展のためだ。新たな産業となるようであれば、それは喜ばしいことだ。
ケチャップの見た目はともかく味は良い。
「ケチャップという名付けセンスは置いておくとして。卵料理だけでなく他の料理にも合うかもしれないな」
ポツリとつぶやいたリュドビクにサッシュバル夫人が付け加えた。
「あら。私たちは既にジャガイモに合うことを知っているはずですわ」
確かにそうだ。そのことは忘れていたかったが……。
「原材料が尽きたと言ったな?」
「はい。トマトを使われているのですが、モンテンセン伯爵領では栽培している者が少なかったので、今年採れたものは使い果たしたそうです」
「あのトマトという不気味な赤い野菜を、よく使おうなどと考えたものだ」
感心するリュドビクにギヨームも気安く相槌を打つ。
「本当ですよ。まさかアレを使うとはねー。あんな毒々しい見た目のものをよく食べようと思ったものです……。マルティーヌ様は新たな食材探しに貪欲なのですね!」
「貪欲――か……」
トマトは、二十年ほど前の飢饉の折、隣国から小麦を買い付ける際に、いくつかの野菜も一緒に買わされたのだが、確か、その中の一つだったはずだ。
当時は、平民でも食べないようなものを買わされる羽目になったと、大人たちがほとほと困り果てていたように記憶している。
「我が国で密かに根付いていたのか。まさか栽培している者がいたとはな……」
「そういえば、平民はスープに入れて食べるのだと聞いたことがあります。割と育てやすいため、二十年経った今でも栽培は続いているようですよ?」
ギヨームがさらりと言う。
「それは我が領地の者に聞いた話か?」
「ええ。そうです。あー、はいはい。おっしゃりたいことはわかっています。領地内のトマトをかき集めてマルティーヌ様に送ればよいのですね?」
「何も言っておらぬ」
「では早速戻り次第手配いたしましょう!」
リュドビクが話し合いたかったことは、ほとんど話し合えていないというのに、何故か胸の内には満足感が広がっているのだった。
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明日も更新できると思います。




