24 領地視察④
冷や汗を吹き出しそうなご主人に無理やり案内させて、私たちは無事に厨房に辿り着いた。
「これのことでしょうか?」
「(知らない。でも多分)そう」
「えーと。温めましょうか?」
「待って!」
「ひゃっ。ひゃいっ」
いや、怒ってないから。
「落ち着いて、ご主人。どうせならちゃんとチーズが生きるように食材と一緒に食べたいと思っただけなの。この厨房にある食材もいただいていいかしら? もちろん料金はお支払いするわ」
「そ、そ、そ、そ、そんな。りょ、りょう、料金!?」
何も、「領地にある物は全部私の物」だなんて思ってないんだけど?
「手間をかける分、卸値じゃなくて商店で売られている売価をお支払いするわ。レイモン、お願いね」
「かしこまりました」
「じゃ」
全員が、「じゃ」とは? と、怪訝な表情を浮かべた。
ご飯の準備に決まっているでしょうが!
「結構いろんな食材があるのね」
厨房には予想以上に食料が並んでいた。
「ローラ。とりあえずバゲットはいるでしょ。それからブロッコリーとジャガイモと人参。一口大に切って茹でてちょうだい。あら。ハムもあるのね。これもいただきましょう」
「かしこまりました」
野菜だけじゃ物足りないな。やっぱり肉と野菜だよね。チーズなら鶏肉に合いそう。
「ご主人。鶏肉はあるかしら?」
「は? はい。こちらに」
あら。やっとかまずに返事できたじゃない。
「ローラ。鶏肉は皮をパリパリに焼いて、その後一口大に切ってちょうだい」
「かしこまりました」
「言い忘れていたけれど、ここにいる全員分を作ってね?」
「マルティーヌ様。それは――」
レイモンに最後まで言わせたら私の負けだ。この戦いは絶対に負けられない。
「ここで、みんなでお昼をいただきましょう。もうお昼でしょ?」
少なくとも私の腹時計は昼だ。
「ですが――」
「別々に食事を準備する方が時間がかかるし、こちらにご迷惑をおかけすると思うわ。あとリエーフ。あなた、昨日の視察ではろくに食べなかったでしょう? レイモンと交代でもいいから、今日は食べてね。これは命令です」
――ということで。
調理した食材とチーズを先ほどの食堂に運んでもらった。
長テーブルのお誕生日席に私、その反対側にレイモンとローラが座った。レイモンとローラが先に食べて、二人とリエーフが交代するらしい。
私の前には、バゲットと野菜とハムとチキンがお皿の上で、今か今かとチーズの雪崩を待っている。
「で、では。失礼致します」
くぅ。やっとだー!
ご主人がお皿の上にチーズを流しかけてくれた。
キター! これ! これ! これ!
目で私の表情を窺っているけど、あともうちょっとだけお願い。大丈夫。お皿からこぼれる手前で「ストップ」って言うから。
全ての食材がチーズで隠されてからも、これでもかと重ねがけしてもらって、ようやく私は、「ありがとう」とご主人の手を止めた。
ぐふふふ。
テーブルの向こうでも同じ作業が行われ、ご主人も一緒に席に着いた。
「それではいただきましょう」
私の合図で皆一斉にフォークを手にした。
私はバゲットがあった辺りにフォークを刺して、見事的中。バゲットを掘り起こし、あぶれたチーズをすくえるだけすくって口に運んだ。
きゃー!! そうコレ! うーーん、美味しい!! 塩気を含んだチーズと合うわー。
じゃ、次はチキン。もう、ローラったら。お子ちゃまの口に合わせて、ものすごく小ぶりな一口大に切ってくれている。
どれどれ。はぅぁっ。いいっ! しっかりパリンパリンに皮を焼いてくれている。あ、さすがローラ。言わなくてもちゃんと塩、胡椒してから焼いてくれたんだ。
ローラの料理センスは信用しているから、細かいことは言わなかったけど嬉しいな。
あぁそしてチーズにくるまれたチキンは美味しい! うん。この鶏肉ジューシーだわ。うちの領地にいい品種の鶏がいてよかった!
え? はやっ。レイモンとローラはもう食べ終わったの? でも心なしか表情が緩んでいるみたい。堪能できたのかな。それならよかった。
リエーフも早食いだな。あれ? でもちょっと。気のせいかもしれないけど目が輝いている?
…………? もしやこれのこと? この感情がそうなの? 若い男の子にご飯をお腹いっぱい食べさせてあげる快感……。
うわー。あっという間になくなっていく。私はずっとリエーフを見ているから、彼が正面を向くと必然的に目が合う訳で。あ。目を逸らされた。くぅ。
それでも手を休ませることなく食べ続ける美少年の様子は眼福もの。ん? 今、目をパチパチって――あ、目を大きく見開いた。
うっふっふっ。感激しているんでしょ。
レイモンの指導によるものなのかわからないけど、リエーフの表情筋の動く範囲は狭い。いつか満面の笑顔も見せてほしいな。




