183 社交界の心得
「マルティーヌちゃん。このおしぼりは、今ではどこの茶会でも出されるようになったのよ? あなたの茶会に参加したカッサンドル伯爵夫人とドーリング伯爵夫人が競い合うように広めているわ」
え?
おば様たちは王都に帰ってからもバチバチやり合っていたの?
ダルシーさんがすーっと目を細めたので、部屋中に緊張が走った。
「カッサンドル伯爵夫人はよく心得ているわね。ちゃんとマルティーヌちゃんの名前を出して紹介していたらしいわ。ドーリング伯爵夫人はまるで自分の思いつきのように話をしていたと聞いたから、私が確かめると、『お恥ずかしいことに失念しておりました』なんて言うのよ? 『あら、まあ! 大変だわ。さぞやお客様から慰めや励ましをいただいたことでしょう。そのお顔は――しばらくの間、お客様として参加するのも控えると決められたのね。そうね、それがいいわね』と言ったら、慌てて訂正して回っていたわ」
おぉぉぉ。
ダルシーさんが敵じゃなくて本当によかった。
「マルティーヌちゃん。王立学園はとっても狭い社交界よ。あなたはそこで、確固たる地位を築かなきゃいけないの」
え? そうなの?
「ショートケーキのレシピは盗まれないように気をつけてね。まあ、似たようなものが出ても、真似したと思われるくらいに先手を打つつもりだけど。その辺りはリュドビクがうまくやるわ。学園に馴染んでからでも遅くはないしね」
公爵は表情を変えず、頷きもしない。
よく分かんないけど、否定しなかったということは、肯定したってこと?
親子なのに貴族的な会話をしているの?
「マルティーヌちゃんは美味しいものをたくさん生み出したそうね。全部一度に出すのは勿体無いから、少しずつ小出しにしていきましょうね!」
いや何を? 何の話をされています? 怖いんですけど?
「マルティーヌ嬢が開発したのは菓子だけではないからな。ケチャップと、それにあの黒いソースとかいう調味料も、王都で話題になるはずだ」
「あらぁ! 大々的にお披露目をする日が楽しみだわ!」
えぇぇ。怖いよぉ。嫌だよぉ。
よし! 思い切って話を変えよう!
「そっ、そろそろ、ご所望のショートケーキをお持ちしたいのですが、まずは全体像を楽しんでいただきまして、それから個別に切り分けたいと考えております。作法に適っていないかもしれませんが、これまでにないお菓子ですので、このような楽しみ方もあるというご提案です」
どうかな?
「あら。面白いと思うわ。今日はマルティーヌちゃんの提案通りにしていただきましょう」
「はい!」
ドニがそっと部屋を出て行った。
頼むよ!
◇◇◇ ◇◇◇
ドアが開き、ワゴンで運ばれてきたホールケーキを目にした三人は、分かりやすく興奮していた。
ダルシーさんとパトリックは表情が豊かなので分かりやすいけど、公爵もポーカーフェイスの割には目の輝きがいつもと違う。
「お待たせいたしました。こちらがモンテンセン伯爵領のオーベルジュでしか食べられないショートケーキになります」
ドニがテーブルの中央にショートケーキを置くと、ダルシーさんが身を乗り出した。
「何て綺麗なの!」
オーベルジュで提供しているショートケーキは白いクリームのデコレーションだけど、今日はクリームに色を付けたくて、フランボワーズのピューレを混ぜてピンク色にしたクリームで飾り付けをしている。
側面にはドレスのドレープのような模様を描き、上の真ん中に薔薇を、その周辺にはラグビーボールみたいな形を連続して絞り出している。
アルマのデコレーション技術の向上は、とどまることを知らないみたい。
「ドレスの飾りのようにケーキを飾ってみました」
「素晴らしいわ! こんな美しい食べ物を見たことがないわ!」
「これはご婦人方には受けるだろうねえ。じゃあ、早速食べてみよう!」
もう。パトリックが勝手にドニに合図を出している。
ダルシーさんが叱るかと思ったら、「そうね」って同意した!
じゃあ切りますか。
「ドニ。切り分けてちょうだい」
「かしこまりました」
ドニが器用に切り分けて個別に皿に載せていると、「まあ! 中が層になっているわ!」と、ダルシーさんの弾んだ声が響いた。
「はい。ふわふわの生地とクリームを交互に重ねているのです。とても柔らかい食感が自慢のケーキですので、ご賞味ください」
男性二人はすぐにフォークで一口サイズに切ってしまったけれど、さすがダルシーさんは、そぉっと柔らかさを確かめるようにフォークを押し当てた。
「すごい弾力だわ!」
でしょでしょ?
そして面白そうに力を加えていっている。
三人がケーキを口に運んでから、私も食べた。
口に入れた瞬間の表情は、ソフィアやルシアナと同じだ。
大人でもそんな風に目を輝かせるんだね。
「マルティーヌちゃん……これは……これはすごいわ」
あ! すご過ぎて、「すごい」しか言えなくなるやつだ!
ふふふ。後でアルマにも教えてあげなくっちゃ。
「ありがとうございます」
公爵は相変わらず食べるのが早い。
この人って、好きなものを食べ始めたら止まらないよね。
「君の菓子開発にかける情熱は大したものだ」
「ありがとうございます」
「マルティーヌ! こんな美味しいものが、どうして王都で食べれないんだい? モンテンセン伯爵領だけって、それはないだろう!」
いや、そういう戦略なんで。
「パトリック様。オーベルジュにご宿泊いただければ毎日召し上がれますよ?」
「うう。そうか。ならば時間が許す限り滞在するほかないな」
え? えぇぇ?
「パトリック兄様。マルティーヌちゃんの肝入りの事業の邪魔をなさるおつもりですか?」
「え? あ、いやあ、あははは」
うーん。今はまだ満室が連続するほどの予約は入っていなかったから、別にずーっと泊まってもらっても構わないけどね。
「オーベルジュに公爵家令息が滞在していると噂が流れたら、平民は恐縮して予約できないでしょう」
そうかもね。
連泊していたら、お忍びなんて無理だもんね。
「じゃあ、どうすればいいんだ?!」
いや、そんなにガン見されても……。
「そうね。どうしたらいいかしらね。マルティーヌちゃんのお茶会で出すだけにするか、それとも……」
ダルシーさんと公爵が目と目で会話している。
私も参加させてほしいんですけど?
「マルティーヌ。もう一切れ欲しいな。それからポテトチップスというのもあるんだろう?」
うわっ。パトリックは完食しているよ。そして相変わらず空気を読もうとしない。
でもお客様のご要望だからね。
「お口にあったようで嬉しいです」
それだけ言うと、あとはドニが対応してくれるはず。
結局、三人ともショートケーキをお代わりして、ポテトチップスを手づかみで食べるという新鮮な体験を面白がってくれた。
ポテチはお土産として渡そうと思っていたのに、ペロリと食べちゃった。
満足した三人は、束の間まったりしていたけれど、すぐに私の入学前の学習のおさらいについて話し始めた。
音楽や絵画を誰に任せるかとか、目の前にいる当事者を抜きに話し合っている。
もう大人は勉強のことばっかだなぁ。
迂闊に口を挟むと危ないので、静観を決め込んでいると、不意にダルシーさんが話題を変えた。
「そうだ、マルティーヌちゃん。この後、制服の採寸があるから、あまり食べ過ぎないよう、今日のところはこれくらいにしておきましょう」
……は?
……え?
ちょ、ちょ、急に何?
「あら、マルティーヌちゃん。お客様が予定通りに帰らないことも想定しておくくらい、当然ダイアナから叩き込まれているわよね? ダイアナのことですもの。抜かりがあるはずがないわ。そうだわ! 入学前にダイアナを訪ねて行くのもいいかもね! きっと楽しいわよ!」
ダルシーさんからの手紙に、『ゆっくりお話ししたいわ』と書いてあったのは、そういうことだったのか。
ピクピク引き攣っているのは私だけ。
公爵もパトリックも何食わぬ顔で平然と紅茶を飲んでいる。
これ――ダルシーさんの平常運転?
(王城以外の)この世界は、ダルシーさんを中心に回っていることはよく分かったので、もういちいち私に聞かなくていいです。好きにしてください。
「ドニから聞いているわ。マルティーヌちゃんはデザイナーを屋敷に呼ぶよりも、実際にお店に行って飾られている流行のデザインを見るのが好きなんですってね」
ドニ……恐るべし。
私の雑談から情報を仕入れているの? それともローラやレイモンと互いに共有しあっている?
まぁ、悪いことに使うことはないだろうからいいけど。
「はい。母が友人とドレスメーカーで落ち合っていたので、ドレスを仕立てるのはお店で、と刷り込まれてしまったようです」
ソフィアと二人で――というか、ソフィアがああだこうだと言いながら生地やデザインを選ぶ様子を見ているのが楽しくて、私はドレスを仕立ててもらうよりも、ソフィアに会えるのが楽しくて足を運んでいた。
「そうだったのね。どんなところか私も楽しみだわ!」
え? つまり、ダルシーさんにとっては店舗の訪問は初体験ってこと?
やんごとなき方をお店に連れて行っていいものなの?
公爵に、「止めるなら今だよ」と微笑で訴えたけれど、無視された。
本日、「陶磁器美術館館長の裏仕事」という6000字ほどの軽い読み物を3話掲載します。
舞台は現代ですが、よければ読んでみてください。
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