181 久しぶりのタウンハウス
お待たせいたしました。
第三章開幕です‼︎
日差しが眩しさを増し少し動くと汗ばむ季節に、私は王都に戻って来た。
約一年ぶりの王都は、モンテンセン伯爵領の中心街など比較にならないほど人が多い。
……そうだった。
前にローラと一緒にお菓子を買って散策した時にも人混みに驚いたんだった。
たったの一年なのにすっかり忘れている。
王都のタウンハウスで育ったとはいえ、ほぼほぼ家の中に引きこもっていたため、私には王都の土地勘がない。
土の道から石畳の道に変わって、道沿いの建物が大きく立派になったのを見て、何となく中心部に近づいているのかなぁと思ったくらいだ。
「ねえ、ローラ。後どれくらいで到着するか分かる?」
「そうですね。もう間もなくだと思います」
え? 分かるの?
「ローラはタウンハウスまでの道を知っているの? 王都には数えるくらいしか来ていないんじゃなかった?」
「その通りですが、昨年、レイモンさんの指示でお屋敷に向かう際、モンテンセン伯爵家のタウンハウスまでの道を尋ねながら進みましたので、要所要所の目印になるものは記憶しています。それに、マルティーヌ様のお使いでパンを買いに出た際にも歩きましたし」
おぉぉ。すごいわ、ローラ!
私は一、二度くらいじゃ覚えられないよ。しかもそれが一年前とかなら確実に忘れているよ。
「そうだったのね」
「マルティーヌ様。これからはシェリルさんが一緒なので、どこへ行かれるにも道案内していただけますよ」
そうだった!
シェリルはずっと王都の侯爵家で働いていたんだもんね。
ふふふ。おでかけかぁ。楽しみだなぁ。
◇◇◇ ◇◇◇
タウンハウスに到着し、門をくぐり屋敷が見えると、色々な記憶が蘇ってきた。
見知らぬ部屋のベッドで目を覚ました時のこと――異世界で美少女になっていたのに、よくパニックにならなかったなぁ。
突然、伯爵になったこと――相続とか色んな手続きがあったと思うけど、今更ながらレイモンの処理能力には脱帽だわ。
公爵と初めて会った日のこと――威厳に満ちた外見に圧倒されたけど、お菓子にパクついていたよね。
レイモン、ローラ、リエーフ、ドニ……私を支えてくれるみんなと出会ったこと――父親と違って、私を大切にしてくれる人たち。心から信じられる人が側にいてくれる安心感。
「マルティーヌ様? どうかされましたか?」
「ふふふ。何でもないわ。お父様が亡くなり、あなたたちがやって来て、みんなで慌ただしく過ごした日のことを思い出していたの」
「本当に昨日のことのようですね」
ローラと見つめ合っていると、馬車のドアが開いた。
ドニがキラッキラの笑顔で立っている。
「お待ちしておりました。マルティーヌ様」
「ドニ。留守番ご苦労様」
ドニに手を引かれてステップを降りると、エントランスの前にじいじがいた!
その手に持っているのは――。
「じいじ! あ。もうブルースって呼ばなくちゃね」
「ははは。わしはどちらでも構いません」
ブルースはそう言ってニカッと笑うと、持っていた花束を渡してくれた。
お母様の大好きだったダリアだ。
私の手のひらくらいある大ぶりの花が、私の帰宅を喜んでいるかのように咲き誇っている。
「あの奥にたくさん咲いていますので、後でご覧ください」
「ありがとう‼︎」
「マルティーヌ様。まずはお部屋に行かれますか? それとも応接室かダイニングルームで休憩されますか?」
ドニの執事ぶりが板についているな。
「部屋をのぞいてみたいわ」
「かしこまりました。カントリーハウスのお部屋を参考に、壁紙やリネン類を変えさせていただきましたので、どうぞご確認ください」
「そういえば、屋敷の補修をしてくれたんだったわね。ありがとう」
◇◇◇ ◇◇◇
一年ぶりに自室に入ると、見事に雰囲気が変わっていた。
白とピンクにそのままオッケー出したから、見事に引き継がれている。
十三歳の少女なら、まあこんなものだよね?
来年くらいにはピンクを減らして白とベージュにしてもらおう。
「マルティーヌ様。私は荷解きをいたしますが、その間、お茶を召し上がってはどうでしょう。先に来ていたアルマがマルティーヌ様のためにお菓子を焼いて準備していたそうですよ」
ローラが、次々と荷物を運び入れてくる使用人に目で置き場所を合図しながら言った。
「そうなの? じゃあダイニングルームでいただくわ!」
レイモンは、カントリーハウスで雇っていた使用人たちの大部分を王都に異動させた。
屋敷で見かける使用人が皆顔馴染みなのは嬉しい。
私は有難いけれど、カントリーハウスの方は大丈夫なのかな?
「では、そのように伝えてきます」
「あ、ローラ。私も一緒に行くわ。少し待つくらい平気よ」
「はい」
マルティーヌの記憶にあるタウンハウスは、いつも閑散としていて寂しい雰囲気だった。
それがどうだろう。
設えも高位貴族に相応しいものに変わっていて、キビキビ動いている使用人たちの数は昔とは比べ物にならないほど多い。
「ねえ、ローラ。みんな家族と離れて寂しい思いはしていないかしら?」
「大丈夫ですよ。皆、喜んでこちらに移りましたから。それに、定期的にカントリーハウスに戻りますので」
「え?」
「オーベルジュで働いている使用人たちも、従業員の指導や引き継ぎが終わったら、交代でタウンハウスに来るそうです。レイモンさんは、いざという時のために、カントリーハウスでもタウンハウスでも問題なく働ける体制にしたいとおっしゃっていました」
……そうなんだ。さすがレイモン。
みんな交代するのか――――今……「ガッハッハッハッ」って聞こえた気がするけれど、絶対に気のせいだから忘れよう。
「アルマとケイトもたまに交代するそうですよ。ケチャップとソースの味を定期的に確認したいそうです」
「まあ! そういえば、すっかり任せっきりになっているけれど、二人に負担じゃないかしら?」
「お二人とも楽しんでやられていましたよ?」
「そう? それならいいんだけど」
嫌なら嫌って言える領主でありたい。
でも子どもとはいえ私は貴族だもんね。
あれかな? 匿名の投書ができるような仕組みを考えた方がいいかな?
まぁそこまでしなくても、使用人たちの様子がおかしければレイモンが気づくはずだし、大丈夫か。
「マルティーヌ様。あれこれ考えるのは明日からにされませんか? 今日のところはお疲れを癒してください」
「そうさせてもらうわ。ところで今日のお菓子って何かしら?」
「三日後の練習も兼ねてショートケーキだそうですよ」
うぉぉぉ‼︎
そうだった‼︎
忘れてたー‼︎
道中はずっと覚えていたのに、着いた途端忘れちゃってたー‼︎
感傷に浸っている場合じゃなかった‼︎
全然のんびりなんてできないよー‼︎
ダルシーさんのおもてなしがあるんだったー‼︎
「マルティーヌ様! どうなさいました?!」
「あ、ちょっと。魂が口から抜けかけただけ……」
「……え?」
多分、アルマのお菓子は問題ないと思う。
準備しなきゃいけないのは、この私だ!
ここは、サッシュバル夫人の顔に泥を塗らないように、いや、今後の王都での安らかな生活のために、失敗はできない。
ダルシーさんに、特別な指導が必要だと思われないよう、万全を期す必要がある‼︎
カドコミで「転生した私は幼い女伯爵」の第7話②が更新されています。




