168 マルティーヌのお茶会③
「今日の夕食は七時から九時なのね?」
ソフィアが無邪気に聞いてきた。
「ええ。本来は六時から七時までの間にスタートしてもらう決まりなんだけど、今回はお茶会の後、『ハーブティーのブレンド』や『森の散歩とピクニック』を体験してもらうから、ここに戻る時間や支度の時間を勘案して、そのように決めさせてもらったの」
一応、五時か遅くても五時半くらいにはオーベルジュに戻る予定。
部屋で一息ついてから夕食の着替えを済ませて七時に集合してもらうのだ。
できれば『足裏マッサージ』も提案したいので、結構ピッチピチのスケジュールになっている。
それでも従業員のことを考えると、さすがに七時までにはスタートしないと九時には終わらないからね。
「そのための時計なのね。お部屋の壁に大きな時計が掛かっていて驚いたわ」
ふふふ。サンキュー、ソフィア! 気がついてくれて嬉しい!
「ええ。後見人のフランクール公爵閣下に融通していただきましたの」
ルシアナママにはバックにいる公爵家のことを思い出してもらおう。
でも私も夕食の時間にはものすごく悩んだんだよね。
レイモンによれば、貴族たちは深夜どころか未明まで飲食をする夜会に慣れているから、夕食でもその時々によって八時とか九時にスタートして十一時とか十二時まで楽しむことがあるらしい。
とはいえ、オーベルジュのメインターゲットは平民なので、従業員のことを考えて当面は二時間で終えてもらうことにしている。
九時に閉めて後片付けをして十時には上がってもらいたいからね。
それにオープン時点で夕食を任せられるのは経験者であるハンス一人だけで、ロディはせいぜい朝食を担当できるかどうかというところだからね。
二人には早番と遅番で交代してもらう予定だけど、もう一人採用して正コック二人体制になれば、
朝食のメニューを拡充したり、夕食もくつろいでいただけるように十時とか十一時とかまで延長できると思う。
コックについては、今二人ほど採用候補がいるらしいので、なんとか七月までには採用を決めたい。
どうかいい人でありますように! コックが二人になれば、ロディも研究時間が取れる。
何よりロディには、トマトの収穫時期はケチャップ作りに専念してもらう必要があるからね。
報告では七月に入ってすぐに収穫できそうだと聞いている。そうなると九月までの三ヶ月はレストランを手伝っている暇はないのだ。
ハッ。気づけば沈黙が。いっけなーい。また魂が彷徨い出てしまっていた。集中しないと。
すかさずソフィアがフォローしてくれる。
「朝食は七時から八時までにレストランに行けばいいのね」
「ええ。朝食は七時から九時までとさせてもらっているの。正式にオープンしたら、客室の利用時間も午後三時から翌日の朝十時までにさせてもらうつもりよ」
「あら? そんな説明はなかったけれど?」
やっとルシアナが口を開いたと思ったら、おやおや。彼女の前のお皿が後少しで空になりそう。
そんなにショートブレッドもどきのクッキーを気に入ってくれたんだ。
「もちろん皆様はオープン前にお招きした大切なお客様ですもの。出発まで時間を気にせずお部屋でくつろいでいただいて結構よ」
本来ならばフロントに鍵を返却する時間が十時なんだけど、ソフィアたちは招待客なので明日は出発まで部屋を利用してもらう。
そのつもりで明日まで予約は入れていないしね。
会話が一段落したと見た従業員が大皿を持ってきてくれた。
四人のレディの目がお皿の上のスイーツに釘付けになっている。
ふっふっふー。
これぞ本日のメイン。秘策のショートケーキ!
パイの型を成形魔法でいじって、直径二十四センチの八号サイズのスポンジが焼けるように深底にしたのだ。
試作段階では杏を使っていたけれど、なんと直前で桃が手に入った!
なので、目の前の完成品は、生クリームで真っ白にコーティングされた上に、薄くスライスされた桃と贅沢に丸くくり抜かれた桃が美しく並べられている。
側面はドレスのフリルのように生クリームを飾り付けた。
これは本当に苦労した。私とアルマの努力の結晶だ。
私は絞り口の幅を研究したし、アルマは小刻みに動かしてフリルを作る練習をしてくれた。
ケーキの中は三層になっていて、もちろんクリームと桃が挟まっている。
「え? 何? 何なの? マルティーヌ!?」
ソフィアがお茶会を忘れて両手を開いて驚いている。
「パイじゃないわね……?」
いつもならソフィアのマナー違反を指摘しそうなルシアナも興味津々でそれどころではないみたい。
「こちらは宿泊されるお客様にだけ提供する予定の特別なケーキです。とても柔らかい口当たりですので、お気に召していただけると思います」
私の目配せで使用人が八等分に切り分けた。
そこからパレットナイフを使って器用にお皿に載せていく。
断面からはスポンジとクリームの美しい層が見えていて、初見の四人は自分の前に置かれたショートケーキを見入ったまま声も出ない様子だ。
「どうぞ召し上がって?」
前世の私ならフォークだけで食べ進めるところだけど、もちろんナイフも使って食べる。
高さが八センチほどあるので、四人ともまずは左端の三角部分をナイフで切り、お皿の上に倒してから、一層だけをフォークで口に運んでいる。
優雅だねぇ。もちろん私も同じようにする。
ふふふ。口に入れた途端に表情が変わるのが面白い。みんな目を見開いている。
「すごいっ! すごいわ、マルティーヌ! 本当に柔らかいわ! 何なのこれ?」
そうでしょう? そうでしょう?
みんなもソフィアに賛同するように、うんうんとうなずいている。
「先にお出ししたしっとりしたパウンドケーキと同じような材料を使っているのですが、ほんの少し配合と作り方を変えるだけで、このようにふんわりとしたケーキになるのです。レシピは極秘ですのでご紹介はできませんが」
「さすがだわ。『食事を楽しみに訪れて泊まることもできる』という意味がようやくわかったわ。食事で驚きの体験ができるのね」
正解です、ソフィアママ。
「はい。独創的なメニューを開発中ですので、贔屓にしていただければ嬉しいです」
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