16 馬車を改造
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リエーフが帰ってくるまでの間に、私は馬車の中で、持ってきていたブラウスシャツとパンツに着替えた。
抜かりなく厚手のソックスも作っておいたから、ローファーの履き心地もいい。
ローラは馬車から降りた私を見て、予想通り悶絶した。
「マルティーヌ様。そ、そのお召し物はいったい……?」と、崩れ落ちそうになっている。
理想のお嬢様じゃなくて、ほんと、ごめんなさいね。もう慣れてもらうしかないから諦めてね。
リエーフは使える男だった。
どこの家にあったのか、大きな寸胴鍋に、大小の鍋や火かき棒に文鎮と、とにかく木と紙以外の材質の物を入れて戻ってきた。
でかした!
口数が多い方じゃ無いのに、コミュ力はあるんだ……。
「ありがとうリエーフ。これだけあれば十分よ」
元の材料の何割り増しの成形ができるかは、まだよくわかんないんだよね。材質によって違うのかもしれないし。
まあ、そんなことは将来考えればいいこと。今は、サクッと馬車を改造して出発しなくっちゃね。
「ローラ。リエーフ。あのね――。実は私が使える魔法なんだけど。これがちょっと変わっていてね――」
口で説明するよりも、やっぱり――。
「リエーフ。もうちょっと側に来てちょうだい」
「はい」
リエーフは、「ん?」と疑問を浮かべたまま私の前まで歩み寄ってきた。
彼が着ている騎士服(?)って、どこの家でも一緒なのかな? それとも家ごとに違うのかな? まあいいや。
袖口をつまんでアメリカの将校をイメージすると、彼の服のデザインが一瞬で変わった。
リエーフとローラが目を見開いている。さすがにお口あんぐりとまではいかないか。よく教育されている二人だもんね。
「見た? 私、物の形や大きさを変えることができるの」
……あ! 無意識でやったけど色も変えられるんだ! そっか。そうだよね。赤、青、黄、の三原色で、どんな色でも作れるんだもの。
真っ白なコットンは無理でも、既に染められた布なら、材料となる色素が含まれている訳だから、私がイメージさえすれば、その色になるんだ!
これは使える! 素敵な発見だわ!
「うーん? あなたには、こっちの方がいいかもね」
もうちょっとイケメンに似合うデザインにしたいな。
どこぞの国の皇太子が着ていたような、肩から胸にかけて金色のモールで飾った上着に変えてみよう。
そう、これっ。いいっ! すごくいい。
かの方は赤色だったけど、リエーフには白で正解だったみたい。
「うっふっふ。移動中にこれは少し仰々しいかもしれないけれど、私の代からは、このデザインをモンテンセン伯爵家の護衛の正装にしたいわ」
そう宣言して拳を突き上げようとしたところで、置き去りにしていた二人が視界に入った。
おっと。
「ま、マルティーヌ様。いったい……」
あ、ごめん、ローラ。説明不足だったね。一人で盛り上がっちゃって悪い。
「マルティーヌ様。これは――この服は、その。私はずっとこの格好なのでしょうか?」
やだ、リエーフったら。顔が真っ赤じゃないの。もう、可愛いわ。
でも、ちょっと袖口をつままれたくらいで頬を染めてちゃ駄目よ。相手にちょろいって思われるからね。
「そうよ。とっても素敵よ。よく似合っているわ」
「あ、ありがとうございます。マルティーヌ様は本当に私のこの顔を見ても何とも……。あ、いえ……。あの、これは――なんというか、その。王族の正装よりも派手――いえ、立派で。あまりに立派過ぎる気がするのですが」
「いいじゃない。もう王都は離れたのだし。これから田舎に向かって進むのでしょう? 『ああ、王都から来た貴族様御一行は違うなあ』って、それくらいにしか思われないわよ」
「ですが、領地に帰ったときにこの姿では――」
何がそんなに心配なの?
「レイモンへは私が説明するわ。それでいいでしょう?」
ローラは言葉を失っているみたいだけど、ほとんど反射でこくこくとうなずく。
リエーフはまだ納得していないのか、心配そうに尋ねた。
「かしこまりました。でも、その――レイモンさんはご存知なのでしょうか?」
あーやっぱり? レイモンは全てを知っておかなければならない人なんだね。
「もちろん、レイモンにも打ち明けるわ。王都では話す機会がなくてね」
「そうでしたか。安心しました」
「よかった。じゃあ、もうちょっとだけ見ていてね。馬車を少し改造したいの」
「改造――ですか?」
「そう。終わるまで手出し無用よ。口出しもね!」
二人は声を揃えて、「かしこまりました」と言ったけど、理解に苦しむって顔に書いてある。
「あのね。ええと。形が変えられるのは布地だけじゃないの。たとえば、ほら。これ。この鉄鍋なんかも、元の形とは全然違う物に変えることができるの」
ふっふーん。
本当は軽いプラスチックが手に入れば言うことないんだけどね。
確か、3Dプリンターも樹脂で造形していたよね……?
「こうやって、材料には手を触れるだけでいいの」
そう。だから、たとえばこの鉄鍋を左手に持って、右手で馬車に触れる。これだけで準備オッケー。
あとは、前世で見たことのある馬車の車輪周りをイメージする。
ふふふ。何を隠そう私は前世で皇室が使用していた馬車を、日本橋のデパートでも見たし、明治村でも見ている。
その時にちゃんと説明を聞いたからね。もちろんネットでも調べた。
ホテルウーマンたるもの、あらゆる業界にアンテナを張っていないといけないからね。美術館や博物館だけじゃなく、それこそ変わり種のミュージアムにも小劇場にも足を運んだ。
とにかく見聞を広めるために相当自己投資をしていたのだ。今こそ、その元を取ってやる!
車体をばねで支えることによって衝撃を吸収させるのだ。確か、ピンセットみたいな形でたゆませていたはず。車軸が下側のカーブの真ん中あたりにきていたっけ。そこだけ太くなっていたような……。
はいっ。
本当に、手をパンって叩くような感じで出来上がる。
「マルティーヌ様! 鍋が――鍋が消えました」
消えた鍋をつかもうとするかのように、ローラの体がつんのめった。
驚かせてごめんね。
ああ、でもそうか。結構、大きめな成形をしたんだけど、いかんせん、車体の下なんだよね。
でも、なんか――。なんというか。
街歩きのときのローラは、それはもう雄々しくて格好いいくらいだったのに。
理解できない現象を前にすると、こんなにも少女らしく目を白黒させちゃうんだね。
「ええとね。鍋は形を変えて馬車の車体を支える物に変わったの。なんというか、うーん。乗り心地を良くするために部品を一つ追加してみたのよ。そうだ! ローラ! ほら! 試乗してみましょう! リエーフ。悪いんだけど、ちょっとだけ馬車を走らせてくれない?」
「かしこまりました」
さてさて。どんな感じかな? ここまで大きな物って初めてだから、緊張しちゃうなー。




