154 子どものお泊まり会とは訳が違う
「やはり先触れは間に合わなかったようだな……申し訳ない」
公爵は私とレイモンを見てそう判断したらしい。
なるほどねっ!
きっと、「王太子も一緒だからそれなりの対応を」って書いてあったんだね。
あ! もしや、私がここにいるからなのか。
そりゃあ私が今日オーベルジュに行くことは報告していないもんね。カントリーハウスにいると思うよね。
あーだから、先にオーベルジュに寄って、到着まで少しでも時間を稼ごうとしてくれていたのか……。
だとしたら、まあ……許す。
「君がマルティーヌ嬢だね? リュドビクから聞いているよ。今日は無理を言ってすまないね」
王太子は何で初対面みたいなことを言ってんの?
パーティーで会ったじゃん。ちゃんと正式に挨拶したじゃん。
「やあ、マルティーヌ。びっくりするよねー。こちらは僕たちの遠い親戚の――何だっけ?」
最後に馬車を降りたパトリックが王太子を紹介しようとして名前を忘れて公爵に聞いている。
いったい何を見せられているの?
「ガイだな。ガイでいいだろう。まあ、つまりそういうことだ」
どういうこと?
公爵は、「以上、お終い!」って締め括ったけど、説明してよ!
「うん。そうだね。私はガイだ。よろしく頼むよ。まずは部屋を見せてもらおうか」
は?
「宿の方も完成したのだろう? 急で申し訳ないが、ここに一泊させてほしい」
はぁん!!
「リュドビク様――」
「私とガイの二部屋を頼む」
くぅぅ。有無を言わせないとはどういうつもりですか!
「あっ、ずるいよ。マルティーヌ。僕も泊まるよ? だから三部屋だね」
いや、だから、何それ? 泊まるってどういうこと? まだ開業してないのに!
「誠に申し訳ございませんが――」
「マルティーヌ嬢。部屋の準備に時間がかかるなら、先に食事をいただくよ?」
おい、こら! 我が儘王太子改めガイとやら!
お友達の家にお泊まりするのとは訳が違うでしょ。いや、そもそも王太子なんて要人が勝手に城を飛び出して外泊なんて――うわっ、だからか!
あの四人の騎士は王太子の護衛?!
いやいやいや、待って待って待って!!
私がプルプルと震えていると、レイモンがそっと隣に来てくれた。
「マルティーヌ様。皆様は長旅でお疲れでしょうからお茶をお持ちいたしましょう」
「そ、そうね。では皆様。そちらにどうぞ。プール側の一番人気のテーブルになります」
気がつけば、レストランのホール担当の従業員たちが総出で臨戦体制を敷いている。
初貴族だけど、ちゃんと落ち着いて椅子を引いてあげているね。よしよし。
「リュドビク様。少し宜しいでしょうか」
逃がさないよ。
「ああ」
そんな不機嫌な顔をしたって、ちゃんと説明してもらいますからね!
公爵をレストランの店内の最奥のテーブルに誘い、二人で向かい合って座った。
「どういうことですか?」
「はあ。本当に申し訳ないと思っている。君のこのオーベルジュの件は、伯父上からガイヤール殿下に漏れてしまったのだ。殿下は大変興味を持たれたらしい。まあ元々君自身に興味があったようだが」
「は?」
「何でもない。殿下はあろうことか、陛下に私のところにしばらく逗留すると言って王宮を出て来たらしい。そして屋敷に来るなり、『マルティーヌ嬢のオーベルジュとやらはレストランでの食事が売りの宿なんだって? 確か今日がオープンだったね。お試しで五日間だけ営業するんだろ? こうしちゃいられない。すぐに出発しなければ間に合わないぞ。フランクール公ももちろん行かれますよね? 後見人なのだし』と、馬車の準備を申し付けられたのだ」
「運の悪いことにアーロンが不在だったのだ。私たちが出発した後に言伝を聞いたアーロンが急ぎ遣いを出したのだろうが、間に合わなかったようだな。殿下がほとんど休憩を取らずに進まれたのも想定外だった」
うわー。王太子ってそんな人なの?
お世話になった家令のアーロンさん……さすがの彼も焦っただろうな。
「リュドビク様。手紙にも書きましたが、まずはレストランのみ、それもランチ営業のみということで仮のオープンなのです。従業員たちの実地訓練を兼ねておりますので。彼らは貴族への対応を学んでおりません。それなのに王族なんて――いいえ! マナー云々よりも、王太子殿下にお過ごしいただけるほどのお部屋はございません!」
「確かに我が公爵家でさえ王族の訪問が決まれば、数週間かけて準備する。王族方に誰かの使い古しをご利用いただくことはできないので、室内の家具はもちろん、装飾品も披露したことのない新品に全て取り替えなければならないしな」
何それっ?!
王族をお招きするときの暗黙のルールなの?!
……あ。鼻血が出そう。
「気休めかもしれないが、領主館に賓客として招くよりはましだと思う。領主館の改修や設えなどを考えれば、オーベルジュという風変わりな宿でも、まだ誰も泊まったことのない全てが新品の状態でお迎えできたことに変わりはない。最初の客ということで敬意を払ったことにもなるだろう」
ふん! これっぽっちも気が休まらないね。
――っていうか。
「リュドビク様。もうすでに平民たちが座った椅子に腰掛けていただいているのですが……」
私、処刑されたりしないですよね?
「問題ない。だからこそ、身分を偽ってお忍びで来ているのだ。あそこにいるのは私の遠縁の貴族の青年にすぎない。つまりそういうことだ」
いーやーだー!!
「困ります! そんな、設定がどうとかじゃないんです! もし万が一にも熱い紅茶をこぼして火傷などさせてしまったら――」
罪を犯した者が平民なら絶対に処刑レベルじゃん!!
私も監督者責任を問われるよね。鞭打ちとか?
いーやーだー!!
「何が起こっても責任は問わないと約束していただいている」
「約束したからって、事が起これば陛下のお耳に届くでしょうし、とにかく――困ります。どうしてこんな面倒事を持ち込まれるのです!」
「本当に申し訳ないと思っている」
「あ、その前に。宿泊客を迎える練習はしていないのです。やっぱり無理ですよ?」
「王妃陛下譲りの悪い面が出ておられるのは承知しているが、君も貴族である以上、『否』はないのだ」
えぇぇぇぇぇ!!
ブー!! ブー!!
ちっきしょー!!
本日コミカライズ第3話②が更新されています。




