126 春の大運動会①
来た!! とうとう待ちに待った日がやって来た!!
いよいよ来週は立春だ。もう今からニヤニヤが止まらない。
私は競技には参加しないけど、大勢の子どもたちが集まって、「ガンバレー!」って声援を送っているところなんかを想像すると、小学生に戻った気分で興奮しちゃう。
早く来週にならないかなぁ。
準備は着々と進んでいて、私の手元には集落ごとの参加者の名簿がある。
引率する世話役と、子どもたちの名前と年齢を聞き取って、事前にレイモンまで報告してほしいとお願いしていたからね。
私は参加者の一覧表を手書きで作って、子どもたちに通し番号を振った。
当日はこの番号で成績を管理する予定。
ビブスを作ろうと思えば作れたけど、さすがにあのデザインは奇妙だろうからやめた。
その代わりに、はちまきみたいな三センチ幅の白い布切れの真ん中に赤い刺繍糸で数字を刺繍した。もちろん実際には刺繍じゃなく得意の成形魔法で作った。
額に巻くとシュールなので、服の上から腕に巻いてもらうつもり。
うっふっふっふっ。あぁ顔が締まらない。
「コホン。マルティーヌ様。お茶もゆき渡りましたので、そろそろ始められては……?」
おっと。現実に戻ろう。サンキュー、レイモン。
会議招集をしておいて妄想の世界に一人ダイブしてちゃ駄目だよね。
「レイモン。……座ってちょうだい」
レイモンは一瞬だけ躊躇したようにも見えたけど、「かしこまりました」と言って、渋々席に着いてくれた。
本当に頑固なんだから。今日はレイモンもメンバーなんだから、みんなと一緒に座ってくれないとね。
会議室に選んだ応接室のテーブルの端に私が、その右にレイモンとディディエ、左側にはキーファーとスコットが座っている。
ローラは侍女として参加。みんなのお茶を淹れてくれる係。
今までにない正式な打ち合わせの感じが新鮮だな。
「マルティーヌ様。それでは僭越ながら、本日は私が『春の大運動会』開催に向けた打ち合わせを仕切らせていただきます」
「ええ。よろしくね」
さっすがキーファー。慣れてるね。
「はい。それでは初めに、マルティーヌ様から伺ったご要望を整理いたしましたので、当日の進行表をご確認いただけますでしょうか」
お! 見たい! どんな感じにまとめてくれたのかな?
「まず開催時間ですが、遠方の方たちの移動時間を考慮し、九時の鐘から三時の鐘までといたします。昼食を食べた後だと眠たくなりますから、知的作業を午前中に、体を動かす演目を午後にまとめました」
『知的作業』とか『演目』とか、さすがのキーファーもピンときていないんだね。
ここはもう一回、趣旨と内容を共有しておくべきかな?
「そうね。それでいいと思うわ。それぞれの『演目』だったかしら? ええと、これからは名称を統一して『競技』と呼ぶことにしましょう。その詳細を確認する前に、もう一度だけ運動会を開催する目的を説明させてちょうだい」
そう言ってみんなの顔を見回すと、全員が澄んだ眼差しで私を見返した。
「壮大な夢を語るなら、モンテンセン伯爵領に生まれた子どもには、全員、最低限の初等教育を受けさせ、誰もが自分自身で将来の身の振り方を決めることができるようにしたいと思っています」
わかってる! わかってるって!
将来の、何年先か何十年先かわからないけど、いつの日かそうなったらいいなっていう話だから、みんな、そんな風に難しい顔をしないでね。
「あくまでも将来的には――ということだけれど。とはいえ、先代の領主が過去十五年間、領民に対しても領地に対しても、何も支援しなかったことは大いに反省しなければなりません。そこで、まずは見込みのある者を選抜して教育を受けてもらい、私の補佐役をはじめとした幾つかの職に就いてもらおうと考えています。運動会はその選考を兼ねたものなの。私が提案した『競技』は、遊んでいるようでいて、必要な選考内容を含んでいるのよ? もちろん、運動会の最大の目的は、領内の子どもたちがみんなで楽しく過ごすことよ。大人たちがお祭りでお酒を飲んで騒ぐように、子どもだって一年に一回くらい、みんなで遊べる日があってもいいと思うの」
まあ、ここまでキッパリ言い切れば、反対する人はいないよね。
「……承知しました。では私たちは、まずは子どもたちが楽しく遊んで過ごせるよう配慮すればよいのですね」
「ええ。そうよ」
「えー、ではまず九時までの事前準備ですが、スコットが、集合した皆さんの身元の確認を済ませます。欠席者が出た場合は、名簿にバツ印を付けてマルティーヌ様へ提出させていただきます」
うんうん。出欠確認は大事だからね。
「マルティーヌ様にはご来賓の皆様のおもてなしをお願いいたします」
「ええ。もちろん任せてちょうだい」
「来賓席の給仕はドニさんでよろしいのですね?」
「ええ。レイモンは何かあったときに私がすぐに頼み事ができるよう、九時の鐘が鳴った後は私の側に控えていてほしいの」
キーファーはわざわざ言葉にすることなく、私とレイモンの顔を見て問題ないと判断して、次の確認事項に進んだ。
そうなのだ。今回は王都で留守番をしているチームも呼び寄せることにしたのだ。
ドニと庭師のじいじを!
そして来賓客は、公爵とパトリックとジュリアンさんとサッシュバル夫人の四人。
パトリックには一部の競技に参加してもらう予定なので、純粋な来賓客とは言えないかもしれないけどね。
「では次に、九時になりましたらマルティーヌ様から開会のご挨拶をいただき、最初の競技である『お絵かき』を始めます。審査員はパトリック様ですね」
「ええ。快く引き受けてくださったわ」
キーファーは「お絵かき」「パトリック様」とか、口ではスラスラ言うくせに、「なんのこっちゃ?」という怪訝な表情を隠しきれていない。
まあ、別にいいんだけどね。
「その次は『謎解き』? ですね」
もうあからさまに語尾を上げて、「はてな?」って顔になっちゃったよ。
「そうよ。審査員は私ね」
「は、はい。午前中の最後の競技が『味当て』……」
こらこら。語尾が消えてるぞ!
「そう! 昼食前だし、ちょうどいいでしょ? 審査員はアルマよ」
「はい。十二時の鐘を目安に昼食。昼食後はテーブルやスツールなどを片付けて運動に移ります。まず『五十メートル走り』?」
あ! 『五十メートル走』っていう概念がないのか! だから変な送りがなを勝手に付け足したのね。
「ええとね。今後は、『五十メートル走』という言葉に統一して使いましょう。審査員――といっても順番を確認するだけなので、ゴールの監視員でいいと思うわ。人のやりくりなどはまた後で話し合いましょう」
「承知しました」
コースはスタートとゴールだけ決めておけばいいと思う。
レーンを作ったって、レーンに沿って走るという概念がないだろうから。
「最後の競技が『障害物競走』ですね」
あー、みんな『障害物競走』って何? って顔をして私を見ている。
「コホン。『障害物競走』というのは、その名の通り、いろんな障害物を乗り越えてゴールを目指す競走よ。騎士に必要な俊敏性とか、その他諸々の能力を見ることができるでしょう? 審査員はディディエかマークにお願いしたいの」
「はい。お任せください。必ずやマルティーヌ様のご所望通りのお子を選んでみせましょう!」
うん。まあ、そんな大した作業じゃないんだけどね。将来の騎士か馬主あたりを想定しているんだけど。
ディディエはどんな子を選ぶつもりなの?
「どんな障害物を置くのかは、また別途相談させてね」
「はい」
キーファーは、ディディエが納得していればいいだろうと、もう何だか諦めている感じ。
「コホン。では競技は以上で、最後に表彰式ですね。マルティーヌ様から閉会を宣言していただき、お開きとなります」
「完璧だわ!」
両手を空に思いっきり突き上げたい気分!




