125 【リュドビク視点】マルティーヌ嬢の直らない悪癖
ギヨームがワゴンを押して執務室に入って来た。ワゴンには見慣れた荷姿の物がいつもの倍くらい載っている。
「リュドビク様。今日はマルティーヌ様からお菓子の他にお手紙も届いていますよ」
「相変わらずだな。新しい年になって初めての報告ではないか」
「ははは。まあまあ。新年祝賀パーティーにかかりきりだったのですから仕方がありませんよ。ダンスが間に合っただけ褒めて差し上げてもよいのでは?」
確かに、あのパーティーでのダンスは褒めてやってもいいレベルだった。結構強引なリードになってしまったが、よくついてきた。
それにしても、本来マルティーヌ嬢が目指すべき令嬢たちが、全く手本にならないことはよくわかった。
まさか王族方の見ている前であのような愚行に出るとは。
あからさまにマルティーヌ嬢にぶつかって失態を晒させようとしていた。それも一人ではなく、次から次へと私たちの邪魔をする者に進路を塞がれて閉口してしまった。
彼女たちのパートナーにも問題がある。
片方が強引に足を運べば、もう片方はそれに合わせるしかないとはいうものの、もう少し優雅に阻止できなかったのか。
まあどこかで母上とその友人たちが、該当者のダンスの不得手をこれでもかと攻撃しているだろうから私は行動を起こすつもりはないが。
そう考えてマルティーヌ嬢を領地に戻し一息ついたのも束の間、なぜか私の元へ、娘を連れて訪問したいという他家からの依頼が殺到した。
それを一人で捌いているのはギヨームだが、なぜか面白がっている。あいつの思考は理解できない。いや、正直腹がたつ。
面倒な仕事など無い方がよいに決まっているのに何を考えているのだ。
「ちなみに、例の手紙もまだまだ届いていますけど」
「この国の未婚の令嬢たちには一通り断りの手紙を出したのではなかったか?」
「上位貴族はそうですが。勢いのある下位貴族までが身の程も考えずに食指を動かしてくるとはねー。ほんと、何様のつもりなんでしょうか。とはいえ、まー、仕方がないかもしれませんねー。あれだけ新聞に大きく載ってしまいましたからねー。『被後見人は美少女伯爵』ですよ? あの記事では、『未来の公爵夫人となる令嬢が成人するまで、後見人という名の下、自らの庇護下に置いている』とか、『とんでもない独占欲だ』とか書かれていますからねー。そりゃあ公爵夫人の座を狙っていた年頃の娘を持つ親にとっては衝撃だったと思いますよ?」
「馬鹿馬鹿しい」
本当に馬鹿馬鹿しい。面白おかしく書いてある記事に踊らされるとは。
「別に未成年でも婚約は成立しますからね。ただマルティーヌ様は爵位を継がれたばかり――言い換えればお父上を亡くされたばかりで、すぐに婚約というのは憚られるから、後見人として他家の介入を防ぎつつ然るべき時を待っているのではないか――大変だ! 婚約が整う前に動かねば!! とまあ、そんな風に考えた人間が大勢いたってことですね!」
だから、それの何が面白いのだ。ギヨームのニヤけた顔を恐怖に歪めたくなる。
「それよりも、レイモンへは早馬で知らせておいたのだな?」
「ええ、その点は抜かりなく。まあ、彼のことですから、連絡しなくてもマルティーヌ様にあの新聞をお見せしたりはしないと思いますけどね」
「ああ。念の為だ」
単に手を差し伸べただけなのに、よくもまあ、そんな下世話な想像ができるものだ。
「その話はもうよい。お前が適当にあしらっておけば済む話だ。それよりもこっちだ」
「……? 何ですか?」
ギヨームの無駄口に付き合いながらもマルティーヌ嬢の手紙に目を通していた。
そして想定していた内容とはまるで違う内容に頭を抱えたくなる。
「これだ」と彼女からの手紙をギヨームに渡すと、目を輝かせて読み始めた。
「先ほど届いたマルティーヌ様からの手紙ですね! …………え? えーっ!」
毎日のように届く令嬢の売り込みに辟易として、マルティーヌ嬢への指導が疎かになっていた。
レイモンからは既にサッシュバル夫人も戻り学習を再開させたと報告があったが、肝心の本人からの報告がない。
それなのに、やっと届いた手紙は、私の想像を遥かに超えた内容だった。
『大運動会』とは何だ?
彼女の独特なネーミングセンスは今に始まったことではないが、いや、ネーミング云々の話ではない。
運動会なるものの意味がわからない。
しかも、「当日お越しいただけましたら、趣旨や目的をご説明いたします」とある。
事前に説明があって然るべきだろう。
彼女は本当に学習をしているのか? その上でなお暇を持て余しているのか?
たとえ暇でも、このような突拍子もないことを思いつくものだろうか。
「やあ、リュドビク! マルティーヌのところからお菓子が届いただろう?」
暇人代表のような伯父上がノックもせずに執務室に入ってきた。
「……はあ。伯父上はエントランスで使用人たちを見張っているのですか?」
「失礼だなー。マルティーヌから手紙が届いたんだよ! だから当然お菓子も一緒に届いただろうと思ってさ」
マルティーヌ嬢が伯父上に手紙を? 嫌な予感がする。
「失礼ですが、内容を伺っても?」
「ん? 気になる? そりゃあ、気になるよねー。で、お菓子はどこだい?」
そういえば、まだ箱から出してもいなかった。
面倒なので、中身を見ないまま一箱渡すと、伯父上は上機嫌で喋り出した。
「領内の子どもたちを集めて絵を描かせるらしくてね。僕に審査してくれないかという相談だよ。マルティーヌは相変わらず面白いことを思いつくね。絵を描いたことのない子どもに簡単な描き方を教えて、見どころのありそうな子がいたら教えてほしいと言ってきたよ」
もはや教養云々ではなく、圧倒的に常識が欠落している!
上位貴族の、しかも女王陛下が贔屓にしている絵師に、「平民の子どもに絵の描き方を教えてくれ」とは、あまりに失礼な話だ。
「伯父上。私がマルティーヌ嬢に代わって非礼をお詫びいたします。どうしてそのようなことを思いついたのか――いえ、たとえ思いついたにせよ、口にする前にそのような思考は追い払うべきでしょうに。マルティーヌ嬢の世間知らずは私の想像を遥かに超えているようです」
「は? 何を言ってるんだい? 僕は感動に打ち震えたよ! マルティーヌはやっぱりそこら辺の令嬢とは違うなー。僕の目に狂いはなかったってことだ。あー待ち遠しいよ。いっそのこと、もう明日からモンテンセン伯爵領に行っちゃおうかな」
そうだった……。
伯父上も普通の上位貴族とは異なる価値観で生きている人だった……。
「コホン。どうか自重いただきますように。それはそれとして、伯父上へご依頼された日は、もしかして春分の日ではないですか?」
「そうだよ。あれ? もしかしてお前のところにもお誘いが来たのかい?」
「ええ。私には平民の子どもたちを集めて皆に運動をさせるとありましたが」
「運動? 平民の子どもたちなら普段から体を動かしているから運動などしなくても体力はありそうなものだけどね」
全くもってその通りだ。
「彼女の悪い癖です。自分の思いつきに興奮してしまって、詳細を伝える努力を怠っているのでしょう。そもそも、本来ならば、そのような大掛かりなイベントは、まず企画の段階で私に相談があって然るべきです。いくら領主とはいえ、思いついたことをそのまま全て実行に移していては、いつか足をすくわれることになるかもしれません」
「相変わらず心配性だねー。まあまあ。いいじゃないか。領内で、領内の子どもを集めてお祭り騒ぎをやるだけだろ? 何も心配することなんてなさそうじゃないか」
伯父上はマルティーヌ嬢と一緒になって騒ぎたいだけなのだろう。伯爵領に滞在中の食事に心を奪われているのかもしれない。
とりあえず伯父上一人を行かせるわけにはいかないし、きちんと言い聞かせる必要もあるので、「出席する」とだけ返事はしておこう。
諸々の説教は手紙ではなく、当日、顔を見て行うことにする。




