119 春の大運動会の予告
「コホン。マルティーヌ様。その、子どもというのはどれくらいの年齢でしょうか。子どもとはいえそれぞれ家の手伝いなどをしていると思うのですが……。それに競技とはなんでしょうか?」
レイモンが理解の追いついていない顔役たちの代わりに私に尋ねた。
ああ、なるほど。
オッケー。オッケー。
主旨説明をしてからってことね。
「誰かが収穫祭が楽しかったという話をしてくれたわね。春にもあんな風に大勢が集まって楽しめる企画を考えたの。こっちは子ども――といっても六歳から二十歳くらいまでを対象としたいのだけれど。その子たちが走ったり絵を描いたりして、一等を決める大会を開きたいの」
ふふふふ。これぞ、春の大運動会!
「それぞれの集落から子どもと、子どもたちを引率する大人数名に集まってもらいたいの。もちろん全員分の昼食は用意するし、一等になった人には素敵な賞品を渡すつもりよ。それと、遠方の集落には乗合馬車もこちらで手配するので、とにかく一日だけ仕事を休んで来てほしいの」
誰も何も言わない。
何でそんなことをするのかと言いたげな顔をしている。
目的はですね――。
「どうして子どもたちを集めてそんなお遊びみたいなことをするのかというと、そうね……一年に一日くらい、みんなで楽しく遊べる日があるといいと思ったの」
これは本当にそう思った。この世界の子ども、特に平民の子どもは物心ついたときから働いているんだもん。
小学校の頃の遠足とか運動会とか、そういう体験をさせてあげたいって思ったんだ。
ま、もちろんそれだけじゃないんだけどね。
子どもたちは何も知らず、そうやって楽しんでくれればいい。後は私が勝手にやることだから。
「コホン。もちろんそれだけではないわ。今年は新しい事業を始めようと思っているの。他領からの観光客を呼び込む施策よ。これが軌道に乗れば、様々な職種の方の利益につながるはずなので、なんとしても成功させたいの。そのために領内から若い人材を募集しようと考えたの。六歳から二十歳くらいまでの人たちの中から適性を見て若干名を採用するつもりです。その適性を判断するために、かけっこやお絵描きをしてもらうの。何の適性を見るのか疑問に思うでしょうけれど、そこは私に任せてください。子どもたちに説明する必要はありません。領主の気まぐれで領内の子どもが集まって運動をするのだとでも言っておいてください」
ここまで説明して、ようやく一人の男性が口を開いた。
「運動ですか? 体の丈夫な子どもを集めて連れて来ればよいのですか?」
「競技は運動だけではないので、子どもは一人残らず連れて来てほしいわ。ある種、子どものためのお祭りのようなものだから、みんなに参加してもらいたいの。例えば怪我をしている子だって、競技に参加できなくても、仲のよい子を応援したりはできるでしょう? そういうのも含めて楽しめるはずだから、とにかく春分の日に、皆さんの集落から子どもを、ここカントリーハウスまで連れて来てください」
別の男性が手を挙げて発言すると、次から次へと手を挙げながら意見を言い始めた。
まあ、私が「どうぞ」と言う前に喋っていることについては、今は指摘しないでおこう。
「馬車を用意してもらえて昼食まで出るのなら、親たちは子どもを預けてもいいと言うと思います。うちの集落は問題なく全員を連れて来られると思います」
「うちも大丈夫です。子どもよりも、誰が引率するのか、その役目の取り合いになりそうな気がします」
「大人は何人まで来ていいのですか?」
お? いい感じじゃない? 手応えバッチリ。
大人も来れるだけ来ていいよ、と言いたいところだけど、そんなこと言ったら領民大集合になっちゃうから無理だ。
「そうねえ……」
私が思いついたことをうっかり喋ってしまう前にレイモンが待ったをかけた。
「コホン。今日のところはこのくらいでよいだろう。引率者の人数や集合時間等、詳細は後日案内するので、まずは戻ったらマルティーヌ様のお考えを皆に伝えるように」
だね。その辺はレイモンと相談して決めよう。
残るは……。
「最後にもう一つだけ。先ほども言いましたが、一等の賞品として、このような交換券を渡すことを考えています。この交換券は、券面に記載されているものと交換できるお金のようなものになります。皆さんのところにこの交換券を持ってきた人には、該当する商品を渡してあげてください。そして皆さんは交換券をカントリーハウスまで持って来れば、商品の料金にプラスして手間がかかった分の手数料を上乗せして支払います」
ローラに目配せして、あらかじめ成形魔法で作っておいたサンプルの交換券を持ってきてもらった。それを見たレイモンはこめかみの辺りをピクピクさせながらも配布してくれた。
ローラは私が魔法で紙に印刷しているところを見ていたけれど、レイモンには言ってなかったからね。
交換券のデザインは前世のギフト券を真似たもので、もちろん偽造防止のために、手書きでは到底無理そうな微細な模様を散りばめておいた。
そして、表面に大きく「サンプル」と斜めに書いた。
顔役たちは、「へー」とか「ほう?」とか言いながら交換券を眺めている。
まあ使ってみないことにはピンとこないかもね。
「あの、『鶏交換券』とか『卵交換券』とか『豚肉交換券』とかありますが、うちの商店にこの紙切れを持って来たら、ここに書かれているものを紙と引き換えに渡すのですね?」
「そうです。現時点で商品はまだ決定ではないけれど、手順はそれで合っています。くれぐれも交換券を失くさないようにね。交換券がなければ料金を払えませんから」
交換期限は一ヶ月で考えているけど大丈夫かな?
まあ交換券自体の数はしれているから、なくした場合も特別に対応するつもりだけどね。
「春になったら改めて詳細を案内するので、今日のところはどうか軽食やお菓子を楽しんでください」
顔役たちが、がやがやとビュッフェ台の方へ行く姿を眺めながら私はやり切った充実感でいっぱいになった。
フフン。大満足な新年祝賀会となったわ。




