115 領地でぐでぇ
私がカントリーハウスに帰還したのは、新年まであと一週間という年の瀬が迫った頃だった。
金ピカの公爵家の馬車がカントリーハウスの前に止まり、大勢の使用人たちに出迎えられたときは、ちょっとだけホロリと涙がこぼれそうになった。
「お帰りなさいませ」
レイモーン!!
馬車から降りてレイモンに頭を下げられたときは、自分でも顔がクシャッと歪むのがわかった。イレーネ先生に見られたら大きな咳払いをされていただろうな。
でも、でも!
「出迎えありがとう。年が明ける前に帰ってこられてよかったわ。なんだか随分長いこと留守にしていた気分よ」
「私どもも同じで気持ちでおりました。主人のいない屋敷はやはり寂しゅうございます。昨日フランクール公爵家からマルティーヌ様がお戻りになる知らせが早馬で届いてからは、使用人たちが張り切って準備をしておりました」
「まあ、準備なんて。いつも行き届いているから何もすることなんてないじゃない」
「そのお言葉は後ほど皆に伝えておきましょう」
本心なんだけどね。日頃からちゃんと掃除をしていれば、大掃除で慌てなくて済むというやつ。
まあ新年を迎える準備というのは特別だから、ちょっとだけプラスアルファがあるかもだけど。
ローラはメイドたちと荷解きを済ませたいというので、私はレイモンだけを連れてダイニングルームに行き、お茶をいただいた。
リエーフはお師匠さんに挨拶しに行ってしまった。なんだか親離れした子どものようで少し寂しい。
それにしても落ち着く。公爵邸とは全然違う。
やっぱり我が家が一番だねー。
「マルティーヌ様。お疲れのところ申し訳ございませんが、新年を迎えるにあたりまして、いくつかご報告とご相談をさせていただきたいのですが」
レイモンは申し訳なさそうに言うけど、そんなの当たり前じゃん。全然オッケーだよ。
「もちろんよ。すっかりあなたに任せっきりになってしまって悪いと思っているの。建築関係の進捗も気になっていたところよ」
そう! 一番気になっていたのはそれ!
「それでは建築関係からご報告いたします。まず、厩舎の修繕は完了いたしました。これでいつ馬を購入されても問題ございません。まあ、世話係を増やす必要はございますが」
「そうね。馬手は増やす必要があるわね」
「はい。大工たちは年内はもう仕事仕舞いをしておりますので、続きは年が明けてからになりますが、一月と二月は騎士の皆様方の宿舎の建設を予定しております。マルティーヌ様のオーベルジュとその関連施設は三月から五月の予定となっております」
順調じゃないの! みんな頑張ってくれたんだな。
「まあ、では予定通りに進んでいるのね」
「はい。それから例の支給品につきましても問題なく納品されております」
「そう。よかったわ」
ふっふっふっ。
『支給品』――まあ、私からのお年玉みたいなものなんだけどね。
レイモンは最初、「そのような習慣はございません」と難色を示したけど、「代替わりしたことだし、新しい習慣を作っていきたい」と言うと賛同してくれた。
さすがにボーナス的な金銭は、「こちらで働いている使用人たちは既に十分すぎる給金をいただいております」と反対されたので、下着と制服の現物支給で落ち着いた。
やっぱり新しい年を迎えて身につけるものを新品にすると気分がアガるからね。
下着は、『大は小を兼ねる』方式で三サイズ展開として、使用人たちから大体のサイズを聞き取り、サイズごとに必要な枚数を仕立ててもらった。
貸与する制服も全員分一新するため、一人二着ずつ用意してもらった。
十二月に入ってからの注文だったので、複数の仕立て屋に受注できるギリギリを発注したらしい。ほんと急な思いつきでごめんなさいね。
もちろん、レイモンとローラは特別仕立てだ。ちゃんと採寸してピッタリのものを作って欲しいと依頼してある。
よく考えたらリエーフにはピカピカの制服を作ってあげていたしね。
「じゃあ、年が明けたらみんなに支給してね」
「かしこまりました。きっと皆、喜ぶことでしょう」
「新しい一年は、みんな揃って新たな気持ちで始めてほしいの。私と一緒にね!」
「はい、マルティーヌ様」
今日のところはこんなものかな。じゃあ以上ということで。
「私は部屋で少し休むわ」
公爵邸で過ごした緊張の日々を、ソファーの上でぐでぇと過ごすことで癒し、遠い記憶の彼方へと徐々に追いやることにする。




