112 卒業試験②
今日は2巻の発売日です!!
貯水槽設置や収穫祭、騎士の帰還など、盛りだくさんの内容が入っています。
書き下ろし番外編も収録されていますので、ぜひよろしくお願いいたします。
タブレットで電子書籍も便利ですが、ぜひ紙書籍を手に取っていただき、その手触りや、カラー印刷された美しいページを体感していただきたいです。
私の生意気な返事に、四人の女性たちは、「まあ」とか「あら」とか言っていたけど、それ以上話を続けることはせずに、今度は口調を変えて変則的な攻撃を始めた。
これって――もしかして一次をクリアしたってことで二次面接が始まったんですか?
「それにしても、なんて地味な顔立ちかしら。どこのお茶会にも呼ばれないという噂は、どうやら本当みたいね。可哀想に」
……は? 今度は何? 外見をダイレクトにディスられた?
えー! マルティーヌってめちゃくちゃ可愛いのに。どうしてどうして?
一瞬だけ、「は?」と言いかけてしまったけれど、 お助けアイテムのお陰で事なきを得た。
最終試験前のイレーネ先生のアドバイスが役に立ったわ。
『目だけでよいのです。目に力を込めてキランと光らせておけばよろしいのです。口元はいざとなれば扇子で隠せます』
サンキュー、先生!
「最近ようやく家庭教師をつけられたのですって? こうして普通にお話をしていて通じているのかしら?」
おやおや。四人とも一斉に顔つきと態度を変えて、やいのやいのと言い出すなんて――寸劇感がハンパないんですけど。ちょっと笑っちゃいそう。
アラサー魂を持つ私と違って、世間知らずなお嬢様だったらビビるかもね。
さてと。この辺で一回、子どもらしく『微笑』から『困惑顔』にチェンジしてみよう。やり過ぎないように、「急にどうなさいました?」くらいの感じで。
「皆様、私のことを心配してくださりありがとうございます。ですが、後見人のフランクール公爵のお取り計らいにより、来秋の王立学園の入学までには必要な学習を終えることができる見込みです。お茶会の経験につきましても、今日こうして皆様に経験を積ませていただけますこと、本当に感謝しております」
こんなもんかな。
極め付けに、とっておきの『笑顔』を披露しよう。これで『他意はない』と表明できたはず。
なぜか私の笑顔に四人が怯んでいる。いや、怖くはないでしょう?
それともアレかな。私を泣かせないとダルシーさんに叱られるとか?
「そうよね。リュドビクのことですもの。抜かりなどあろうはずがないわ」
ダルシーさんの美声が部屋中に響き渡った。
やっとかぁ。ダルシーさんが口を挟んだってことは、これにて終了ってことだよね?
「マルティーヌちゃん。子ども同士のお茶会の経験もほとんどないのに、こんな風に大人のお姉様方に囲まれるなんて緊張したでしょう? さあ、お菓子も食べてね」
「はい。ありがとうございます」
「お姉様方の間に入って助けてくれてありがとう」ではなく、「お菓子をいただきます」という意味の「ありがとうございます」ですけどね。
とりあえずは、「一息ついてもいい」と首謀者に言われたので、目の前に置かれているクッキーを食べよう。
どれどれ。
お! さすがに公爵家の料理人の腕前はスゴい。さっくりした食感で甘さ加減も絶妙。
あれ? そうしてみたら、あの王都で買ったクッキーって、どういう人たちが食べているんだろう?
まあ今後も口にすることはなさそうだからいいか。
後から聞いた話だけど、四人の女性客はみんな公爵家の上級使用人(侍女とか)だった。
まあ公爵家で働いている上級使用人って、元々は下位貴族の子息令嬢たちだから、普通に貴族社会で渡り合った経験があるんだよね。
私が油断しているように見えたのか、ダルシーさんは楽しそうに次の試験を振ってきた。
「そうそう。今日のお茶会を、マルティーヌちゃんが密かに経験を積む場にするというのなら、ダンスもしておいた方がいいかもしれないわよね」
きたなダンス審査!
ダルシーさんからにこやかに微笑みかけられた私は、『微笑』をセットして微笑み返す。
「じゃあ、お相手を呼ばなくっちゃね!」
誰だろう……?
なんか、運命のときって感じ。あんまり背が高い人じゃなきゃいいけど。
ダルシーさんは誰にも指示を出していないのに、一人の侍女がそっとドアを開けて部屋の外へ出た。手筈通りなのかな。
ダルシーさんがまた微笑んできたので、私も『微笑』と『笑顔』の中間くらいの表情で強めに微笑み返す。
これ――ダンスの相手が来るまでやり合うんじゃないよね?
などと心配しなくても、私のお相手はすぐにやって来た。
応接室に入ってきたダンスの相手は、なんと男装の令嬢だった。まあ男装といっても乗馬服を加工した程度のものだけど。
身長も、いつもの練習相手のお姉さんより少しだけ高いくらいだ。うん。大丈夫そう。
「さすがにこんなところのダンスがマルティーヌちゃんのファーストダンスじゃ可哀想だもの」
「うふっ」って聞こえそうなほどダルシーさんが破顔した。
「よかった」という心の声をダルシーさんに拾われたのかと思った。焦った。
「ご配慮感謝します」
もうちょっとで語尾を上げて疑問形にしちゃうところだった。
音楽家たちがワルツの演奏を始めた。
「マルティーヌ嬢。一曲お相手願えませんか?」
男装の令嬢に誘われて立ち上がると、令嬢は空いているスペースまで私をエスコートしてくれた。
相手も同じ女性なのに、お嬢様扱いされて、なんだかドキドキしちゃう。
歩いている途中、ダンスの先生が冷や冷やしているのが見えた。でも私は、『微笑』を崩さない。
お相手が手を差し出したので、そっと手を添える。互いにホールド体勢で見つめ合う。
目と目で伝え合わないといけないから、初対面の相手って中々に大変。
そういうところをちゃんとわかってくれているみたいで、お相手が軽くうなずいて曲のタイミングを教えてくれた。
オッケー。音楽家の皆さんが同じフレーズを繰り返してくれていたから曲の頭がわかるよ。
顔は澄ましているけれど、心の中で、「せいのっ!」とつぶやいて足を出す。
お相手とピッタリ合った!
最初の一歩が揃えば楽勝。
お相手の背の高さがリエーフと同じくらいでとっても踊りやすい。
慣れた感覚だし、彼女が気持ち小幅で動いてくれているお陰で、ものすごくスムーズにステップを踏めている。
くるりとターンするタイミングでダンスの先生の顔が見えたけど、安心した顔をしていたから大丈夫そう。
チャチャチャン、チャ、チャンと勢いよく曲が終わった。
お相手に目線で「ありがとう」と伝えると、同じように「どういたしまして」が返ってきた。
そしてダルシーさんの隣の席まで再びエスコートしてくれた。
私が椅子に座るとダルシーさんが判定結果を告げた。
「まあ、マルティーヌちゃんはダンスが不得意って聞いていたのに。随分と練習をしたのね。これなら大丈夫そうだわ」
やったー!!
ダルシーさんの最終試験に見事合格したらしい!!
年越しは領地でできそう。よかったー!




