107 強化合宿⑤
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
11月発売の1巻が、ラノオンアワード2024年11月新作部門に選出されました!
イレーネ先生は私よりも小さな子どもに教えたことがあるらしい。
そのためか、説明がものすごくわかりやすい。
「まずはお口を閉じまたま横に思いっきり伸ばしてみましょう。そうです、そうです。とてもお上手ですよ。それでは鏡を見ないでもう一度やってみましょう」
こんな具合に、「う」の口で唇を窄めて突き出したり、大きく口を開けたりと、何だか顔のストレッチみたいなことをやらされた。
「はい。では片方だけを動かしてみましょう。人差し指を唇の端に当てて、まずは指で口角を上げるつもりで――このように。上に引き上げられる感覚がおわかりになりましたら、唇の方にも力を入れて、指と一緒に動いていくように――」
うわっ。これ、ムズイ。指で引っ張らないと上がらないんですけど。
「根気よく続けていくしかありません。毎日続けて練習してくださいませ」
お、おう。やるしかないもんね。
こんな感じでイレーネ先生から表情筋を動かす訓練方法を伝授してもらい、私は「絶対にモノにして見せる」と固く決意して真面目に練習を積んだ。
その甲斐あってか、三日もしないうちに口元に関しては結構意のままに動かせるようになった。
力加減もだいぶんわかってきたので、それほど意識しなくても口元の形を作ることができる。
「では、今日からは本格的に表情を作る練習に移りましょう」
「はい。よろしくお願いいたします」
よぉーっし。ここからが本番だね。
「まずは理想系のお顔を作るところから始めましょう」
イレーネ先生はそう言うと、私の横に立って一緒に姿見を覗き込んだ。
――そう。『美しい立ち姿と共に』という先生のモットーに従って、私は背筋をしゃんと伸ばした状態でいつも顔を作っている。
前世でよく聞いた、『頭のてっぺんを上に引っ張られている感じで』っていうやつを実践中。
「口角はほとんど上げなくてよいのです。気持ちだけ上げる感じで何気なく――はい! それです。そのまま、そのまま…………よろしいでしょう。ではマルティーヌ様。口元はそのままで私の目を見てくださいませ。ええ、そうです。いえ、それでは目を開き過ぎです。それは閉じ過ぎです」
加減がわからん!
でもデフォルトの表情が肝心らしく、三十分以上、「もうちょっと」「違う」「やり過ぎ」を繰り返し、どうにかこうにか合格が出た。
「いつ何時であろうと、まずはそのお顔でいましょうね」
「はい」
とは言ったものの、出来るのか、私……?
もう鏡から一瞬目を離しただけで忘れそうなんですけど。
今日は何だかイレーネ先生の演技指導に熱が入ってしまい、「他の表情も作りましょう!」と、基本形その一の『曖昧な微笑み』、つまり『微笑』の表情を探り始めてしまった。
うぅぅぅ。辛い。
一気にキメ顔を覚える身にもなってください……。私、今、鼻血が出そう……。
休憩を挟んだものの、多分、三、四時間は、ずっと、『デフォルト』『微笑』『困惑顔』『笑顔』のセット練習をさせられた。
そして、セット出来るようになったら、固定化の練習が始まった。もう息つく暇がない。
ステップ1:まずは基本の表情を作る。『デフォルト』をセット。
ステップ2:表情を変える練習。『デフォルト』からの『微笑』。『微笑』からの『困惑顔』などなど。
ステップ3:号外ニュースなどを耳にして心臓が飛び跳ねていても表情に出さず、セットした表情のままでいる耐久訓練。
「はい、微笑に戻って」
自分の中の『微笑』スイッチを押す。反射的にぽふんと表情筋が動いて微笑の位置にセット。
「次はとびっきりの笑顔に――それから『困ったわぁ』。そうです。そこから曖昧な返事を――いいですね。とってもいいですよ」
「『ローラさんとリエーフさんは明日、領地に戻られるそうですよ』――と聞いたときでも顔色を変えてはなりません」
うぐぐぐ。
……………………死ぬ!
今日が期限じゃないはずなのに。どうして一気にここまで? とイレーネ先生に向かって、『困惑顔』をしてみせた。
すると、「あら!」とやっと我に返ってくれた。
「コホン。マルティーヌ様はとても優秀ですわ。最初の方こそコツを掴むのに苦労されていらっしゃいましたけれど、一度掴まれると、あっという間にモノになさって。感心いたしましたわ」
「ありがとうございます」
つまり私が優秀すぎたせいで、つい熱が入り過ぎたと? まぁ……それなら許しましょう。
「ここまでお出来になれば、あとは最終試験まで練習を重ねるだけですわ」
「最終……試験?」
何か怖い。私は咄嗟に『困惑顔』で、「聞いていないのですけれど」と表情に出した。
「まあ。まだお聞きになっていらっしゃらなかったのですね。来週、ダルシー様が内輪だけのお茶会を開かれますので、そこでマルティーヌ様の試験をなさるそうです」
うげっ。卒業試験みたいなものかな?
もちろん、私は『微笑』をセットして聞いている。
「そこでダルシー様から合格をいただければ私は領地に帰れるのですね?」
「ええ。そのように聞いております。今のマルティーヌ様なら何の心配もございません」
まあ、ゲーム脳に切り替えて、武器を持ち変えるように、自分の中でコントローラーのボタンと表情を紐付けしていればいいんだって、わかったからね。
夕食後から就寝までの時間が、私とローラとの憩いの時間。
ローラはローラで、『侍女道』を極めているらしい。リエーフはシークレットサービス並みに動けるような訓練でも受けているのかな?
私も頑張ろう。
鏡に向かって表情を作っているうちに、いつの間にか脱線してアヒル口とかをやってしまった。
さすがにこれを社交の場で披露すると大問題だけど、前世ならマジで可愛いと絶賛されたかも! ぐふふ。
鏡に向かって唇を突き出してみたり、舌先を少しだけ唇の端から上に出してみたり、あざと可愛い系の顔を色々やってみた。
「……マルティーヌ様」
え? 何、その顔? ローラも表情に出さない訓練をしているって言っていたのに。丸わかりじゃん。
「心配いらないわ。練習の前に顔の筋肉をほぐしているだけだから」
ローラは、「はい、嘘ですね」という視線だけで、やれやれという感情を表した。
やるじゃん! 私たちって、表情だけで会話が出来るんじゃない?
2月14日(金)に2巻が発売されます! 特典情報や書影についてはもうしばらくお待ちください。
2巻は貯水槽を作ったり収穫祭で大騒ぎの巻になります。書き下ろしも収録されています。
素敵なイラストもたくさんありますので是非是非お買い求めいただきたく、よろしくお願いいたします!!




