104 強化合宿②
フランクール公爵邸――カラーリ城だっけ? まぁ公爵邸でいいか。
とにかくこのお屋敷にしては珍しくこぢんまりとした部屋に、私一人だけが連れて来られた。前世の感覚だと十二畳くらいかな。
一人掛けだけどゴージャスな椅子が、いろんな向きに六脚置かれている。それぞれにサイドテーブルやローテーブルが置かれていて、ちょっとした趣味部屋に使えそうな感じ。
公爵によると、リエーフにはリエーフの、ローラにはローラの、『学ぶべき事』があるらしい。
ということで、私たち三人はチームを解体されてしまった。
私の特訓中は、リエーフもローラもその道のプロにしごかれるらしい。まあ確かにこの屋敷にはいろんな道のプロがごまんといそう。
もちろん離れ離れになるのは私が勉強している間だけだから、私の身の回りの世話などは普通にローラがやってくれる訳だけど。
二人とも私以上に疲弊していなきゃいいけどな。
「――まず、それだ。それが君の一番の問題だ」
……あ。確かに今、ちょっとだけ心が遠くを彷徨い歩いていた。きっと顔にも出ていたよね。
「君は感情が顔に出過ぎる。貴族としては致命的な欠点だ。一人だけ手札を晒すなど滑稽以外の何物でもない」
ムッ!
「いくら後見人がいようとも、君は領主なのだ。私が後見人を外れるのを待つ間、君に取り入って関係を深めておこうと考える人間もいるだろう。侮られないようにしなければ、よからぬ輩につけ込まれるぞ? まずは隙を見せないことだ。領地間の係争はそう多くは無いが、仕掛けられないとも限らない……。君が失脚すれば、君が大切に思っている領民の暮らしがどうなるか、よく考えるといい」
……!! た、確かに!!
何がどうなったら私の領主としての権限を奪われるのかはわからないけれど、領民のことなどお構いなしの人間にうちの領地のトップに君臨されたら、彼らは路頭に迷うことになるかもしれない。
真面目に働いている彼らには、少しでも豊かになってもらいたいのに!
これは――絶対に負けられない戦いというやつだな。
他の領主たちとやり合っていけるよう、勝てないまでも負けはしないようなスキルを身に付けなくっちゃね!
「正直、学園入学までに君に身に付けてもらいたい教養はたくさんあるが、今回はひとまず、『表情の作り方』と『ダンス』の二つに絞ろう。来月の新年祝賀パーティーで無様な姿を晒すことのないよう、付け焼き刃でいいので合格点を貰えるように」
合格点? え? 誰から?
「あの、リュドビク様。もし合格点が貰えなかった場合は――」
しまった。こんな後ろ向きな発言はしちゃいけなかった。
公爵の目がギランと光った。
「君も新年は領地で迎えたいだろう?」
「……はい」
ですよねぇ。できるまで帰してもらえないってことですよね。
「あの、ちなみに先生というのは――」
「無論、私が厳選した者たちだ。不足があるはずがない」
「はい。ありがとうございます」
もう、全部YESと答えておこう。
「それと」
まだあるの?
「母が接触してきたら私に知らせてくれ。君の侍女を使ってもいいし、目に付いたうちの使用人を使ってもいい。とにかく、すぐに知らせてくれ」
「……? はい」
その心は? どうして?
「余計なことは考えなくていい。どうやら母は少しばかり退屈していたようだ。あるいは……サッシュバル夫人に嫉妬していたのかもしれないな」
は? 夫人が私をおもちゃにして楽しんでいるとでも思ったの?
「とにかく時間がない。今日から早速訓練を始めるので君も心してかかるように。講師をこの部屋に呼ぶので、君はこのままここで待つように」
「はい」
それだけ言うと公爵は立ち上がった。側に控えていたギヨームがドアを開ける。
この部屋には私と公爵とギヨームの三人だけなのに、何故か公爵は固い。ギヨームもいつものヘラヘラを封印しているし……どういうこと?
何で自宅でそんなよそゆきなの?
ウチに来ているときの方が自然体じゃない。
「あのぉ……」
あ、私の馬鹿! 心の中にだけ留め置いておけばいいことを、どうして口に出そうとするかな!
「何だ?」
……う。引き留めてまで言うことじゃないのに。
「リュドビク様は普段はこちらのお屋敷で暮らされているのですよね?」
「そうだが?」
「子どもの頃からずっと――ですよね?」
「何が言いたい?」
「ええと。自宅というのは一番くつろげる場所だと思うのですが。何故かお二人とも公の場所にいらっしゃるような感じに見えたものですから――」
公爵が体ごと私の方へ向き直り、ギヨームがパタンとドアを閉めた。
え? え? 何? 何?
私、なんかまずいことを言った?
「君は世間知らずにも程がある。貴族というのは、特に爵位をいただいている身分の者は、常に人目に晒されているのだ。忠誠を誓っている使用人の前であろうと品位を保たなければならない」
「目を覚ましている間はずっと緊張感を持っておけという意味ですか?」
「寝ている間も除外すべきではない」
うへっ。こういうところに公爵の堅物さ加減を感じるんだよねー。
起きている間ってことでいいじゃんね。細かいなー。
ん? あれれ? でもでも……。うちにいるときは違くない? なんか緩くなってない?
ギヨームは言うに及ばず公爵だって……。
「コホン。リュドビク様に皆まで言わせるおつもりですか? この世にある『貴族とはこうあるべし』と皆が抱く理想像を体現しなければならないとおっしゃっているのです。『きっと寝ている間もだらしない格好などなさらないはずだ』と思われているなら、そうあらねばならないのです。そこに『私』など不要なのです」
ギヨームよ、なんでお前が肝心要なことを言うの!?
でも、これよ、これ。
こんな風に従者のギヨームが口を挟んだりとかさ。これこそ『あるべき姿』からは外れているよね?
「ギヨームの言うとおりだ。君は自分の気持ちに意識が集中し過ぎている。だがまあ、君もそのうち周囲が何を期待しているのかわかるようなり、自分というものを殺して皆が望む通りに振る舞うことができるようになるだろう。私が頼んだ講師は優秀だからな」
はぁん!! 何それっ! そんな風になってたまるもんですか! 演じるだけでいい訳でしょ?
絶対に自分を殺したりなんかしないもんね!




