6話 - ロボット、猫を飼う 後編④
ギンジを見送った後、ハチは家を出た時と同じように空を飛んで帰宅しました。あたりはすっかり暗くなっていますが、家に入るとイズミの姿はありませんでした。
着ていたコートとマフラーを脱いでベランダに出ました。夜空には三日月が夜道を薄暗く照らしていました。ふと、ポケットの中から煙草を取り出しました。煙草に目を落としながら思いました。
「あれは…なんだったんだ?」
二度視線を感知しましたが、そこには誰もいませんでした。レーダーの故障か?内蔵されている自己診断機能で自分の体内の機器に異常がないか診断しましたが、異常はありません。
再び煙草に目を落とすと重むろにライターを取り出して煙草に火をつけて煙を吹かしました。正常通り、警告メッセージが出ました。ハチの感知機能に問題はありません。
「これも博士が仕込んだ機能なのか?」
それは仕込んだ側にしかわかりませんね。
煙草を吸いながら人の感覚というものを考えました。何となくそう思っているだろうとギンジやギンジの飼い主の従妹が言ったことはほぼ正しい気がしました。なぜ、根拠もなく正しいと思えるのか。彼らはどうやって判断しているのか?もしかして、どこかにその根拠と思わしきものが散らばっていたのではないか?必死になぜか考えました。
考えているころには煙草の火は消えていました。吸殻を掌でつぶして部屋に入ろうと思ったときでした。三日月に米粒のような影は見えました。
ハチの目に搭載されている望遠機能で見てみるとイズミがものすごい勢いでこちらに飛んできていました。望遠機能で視界に入ったころには視界はイズミでいっぱいでした。
「ただいま!!」
「ちょ!」
ブレーキを考えていないスピードで突っ込んできたイズミはハチに激突して突き飛ばして部屋に滑りながら着陸しました。突き飛ばした衝撃でハチは部屋のものを散らかしながら3回転ほど転がって壁に激突して止まりました。
「止まることを考えろよ!俺が壊れたらどうするんだ!」
「大丈夫!ハチ君はロボットだから!」
もし、人間だったらどうしていたつもりでしょうか?ハチは考えるのをやめました。
「それよりも!猫ちゃんは!猫とおしゃべりできる魔法のやり方聞いてきたよ!」
するとイズミの瞳の色が薄いオレンジ色に変わると髪の色と同じ猫耳が生えてきて、猫目にもなり、爪も猫のようにするごくなり、しっぽも生えてきました。
「どこだい!猫ちゃん!ニャー!!」
歩行も四足歩行になってますます猫らしくなっていきます。盛り上がっているところを言うのもかわいそうですが、さっさと現実を伝えた方がよさそうです。
「ああ。飼い主が見つかったから返した」
「あ…そうなんだ」
と残念に言うと猫耳がぺたんと折りたたんだように折れてしょんぼりしました。
「まぁ、よかった。飼い主さんのところに戻れて」
前向きな発言をすると生えていた猫耳やしっぽが消えて四足歩行から二足歩行になり、人の姿に戻りました。
「なぁ、イズミ」
「な~に~?」
長時間飛んで疲れたのかぐっと背伸びしながら答えました。
「イズミには言葉にしなくてもその人が思っていることがわかることがあるか?」
一番身近な人にハチの疑問をぶつけました。
見て、聞いて、話して、学ぶ。
見てきたものに対する疑問を聞いてみることにしました。
「あるよ」
あまりにもすんなりとイズミは答えました。
「人間って素直な生き物じゃないんだよね。素直に言えば簡単に伝わることも、素直じゃないから回りくどい言い方をしたり、言葉にせずに行動で示したりして何がしたいのかわからないこともあるよ。でもね、言葉にしなくても、例え言葉が通じなくてもわかる。そういう時はつながってるんだよ。信頼とか絆とかでね」
信頼と絆。猫のギンジを取り巻く人と猫の関係は確かに信頼や絆があることは理解できます。しかし、そんな曖昧なもので分かるものなのでしょうか?
「俺にはわからないな」
「いつかハチ君が心から信頼できる人が出来たらきっとわかるよ。そう!例えば、私が今何を考えてるか、わかる?」
何事も練習が大事だと理解したハチはじっとイズミの瞳を見つめました。するとグーっとお腹が鳴る音が聞こえました。
「飯にするか?」
「わかるじゃん。言葉にしなくても」
おかしくてハチは笑いました。




