5話 - ロボットVS魔法使い①
カチッと電気ケトルのスイッチが上がりました。すると部屋着のスウェット姿で前髪をヘアゴムで束ねた完全オフ状態のイズミが鼻歌を歌いながらケトルで沸いたお湯をカップ麺に注ぎ始めました。
そんなイズミの様子をハチは読んでいた漫画を途中でジーッと観察していました。
「…どうしたの?」
視線に気付いたイズミが不思議そうに首を傾げながら尋ねました。
「また、カップラーメンか?」
「そうだよ。今日はカレー味ぃ~」
気分よくカップラーメンにお湯を注ぎます。注ぎ終わると蓋をして半透明のガラス玉のような石を重りにして3分待ちます。
「イズミさ。カップラーメン好きなのは分かるけど、そう毎日食べてると体に悪いぞ」
「なんで?」
無垢な少女のようなきれいな瞳でハチに尋ねます。
「なんだって、カップラーメンって塩分高いし、フライ麺だから酸化した油は体に悪いし、添加物の量も多いから体にいいわけない」
「でも、普通にお店で売ってるってことは大丈夫なんじゃないの?」
「それは適度ならいいけど、イズミの場合は毎日だろ?塩分もそれで成人女性の塩分量まかなえる量だぞ?カップ麺以外のもの食べたらそれだけで塩分とりすぎだ」
「大丈夫だよ」
「何が?」
「毎日、違う味食べてるし」
「そういう意味じゃない」
「それに、お昼ご飯は購買のサンドイッチだから大丈夫!野菜とってる!」
と自信満々に言いました。
「サンドイッチに塗ってるバターにも塩分入ってる。パンにも塩分入ってる。何なら、腐らないように添加物も入ってるだろう」
ハチはインターネットに接続して不健康な食べ物に関するデータを逐次イズミに説明します。それも、これもイズミの身を案じてのことです。
「別にいいじゃん!死ぬわけじゃないんだし!」
「塩分高で高血圧、動脈硬化を招くし」
高血圧、動脈硬化なんて中年のおじさんのイメージがイズミにはありました。つまり、今の私には関係ないと思いました。
「動物実験で酸化した油を摂取し続けた動物は死んだらしいし」
ごく一般的なスーパーやコンビニに売っているものです。つまり、少々食べ過ぎたからと言ってそうそう死ぬようなことは起きないと思いました。
「死因は成長が阻害されたかららしいぞ」
「え?成長が阻害?」
イズミはふと自分の胸元に目が行きました。そして、手を添えました。あまり膨らんでいません。
「それに栄養が偏るから太るらしいぞ」
「え?太る?」
イズミはふと自分のお腹に目が行きました。そして、手を添えました。お肉がついてぷよぷよしてます。
「栄養が偏ってことは肌も荒れるし、抜け毛や脱毛の原因にもなるし、便秘になるし、太るし、貧血にもなるし、風邪引きやすくなるし」
「ああああー!もう聞きたくないし!それに太るって二回言ってるし!」
二回言ったのはわざとのようです。
「とにかく、食生活を見直せ」
これはハチのAIに設定されているロボット三原則がイズミを守るように誘導しています。ハチにはその意識はありません。単純にイズミが心配なのです。
「どうすればいいのさ!」
「低カロリーで高たんぱくなものを食べればいい。あとは塩分も控えた方がいい。取らないのはそれでよくないから適度にとるのがいい」
「それはどこで食べられるの?」
「自分で作るのが手っ取り早い」
「…ふ~ん」
イズミはハチの話を聞かなかったみたいに出来上がったカップラーメンを食べ始めました。
ふと、ハチは台所に目が行きました。台所にはフライパンや片手な鍋など料理をするうえで必要な器具はそろってますが、それらはピカピカです。使われた形跡がありません。冷蔵庫の中身も前に確認したときは、牛乳、ヨーグルト、卵とお茶が入っている程度でした。
それらを総評してハチが出した結論はこうでした。
「イズミは料理できないのか?」
「で、できるしー!」
できない時の反応です。
「でも、一度も作ってる姿を見たことないぞ」
「じ、自分で作るのは手間なんだよ!だって、買い物行って、料理して、洗い物までしてたら、ものすごく時間かかるじゃん!効率悪いじゃん!カップラーメンとはコンビニ弁当とかだと、買ってすぐ食べられるし、容器も使い捨てだから時間的に効率いいし、経済的じゃん!」
確かにそれも一理あります。
「手間だけど作れるんだろ?」
とハチは茶々をかけます。
「で、できるしー!余裕だしー!そういうハチ君はどうなの!」
逆にはっぱをかけてみますが。
「できるけど」
イズミとは違い余裕に答えました。
「なんなら、勝負してみるか?」
「の、望むところよ!」
食べかけのカップラーメンを一気にすすってスープを飲み干すと、イズミの瞳が白に近い黄色に変わりました。すると部屋にあった2体の黄色いぬいぐるみ、ピカチ〇ウとくまのプ〇さんがむくりと立ち上がりました。イズミは黄色のキャラクターが好きみたいですね。さて、ここでは著作権とか夢の国の住民の反感とかが怖いので、ピ〇チュウとピッさん、プー〇んをプッさんと名付けましょう。
「え?なんでぬいぐるみが動き出した?」
「公平に料理を審査してもらうためだよ。ドールクラフトっていう魔法で魂を作り出してピーさんとプッさんに憑依させた。私の言うことをある程度聞くお人形で、私が魔法を解くと普通の人形に戻る」
そんな魔法もあるのかとハチは感心してしまいました。魔法で魂を作るということは人工的に人間を作り出したのと同じことです。機械の国の技術ではできない芸当でした。
「魔法使いはみんな魂を作り出すことができるのか?」
「…たぶんできるよ!」
知らないみたいですね。
「君たちか?僕ちんたちを呼び出したのは?」
ピーさんがスネ夫みたいな声でしゃべり始めました。
「ふたりには私とハチ君の料理の審査をしてもらいます!」
「っふ。お安い御用さ」
プッさんがスネークみたいな声でしゃべり始めました。
「なぁ、もうちょっとキャラクターの外見に似合った声質にできなかったのか?」
「そんな細かい設定はできない」
かわいそうに。見た目はかわいいのに声でそのかわいさが台無しです。
「じゃあ、さっそくふたりには僕ちんたちに料理を作ってもらうよ」
「作ってもらう料理は手料理の定番中の定番、卵焼きだ」
では、ここで卵焼きの正しい焼き方を説明します。
まず、卵をボウル等の容器に割り入れ、卵白を切るようによく溶きましょう。ここで醤油、塩、砂糖の調理も一緒に加え混ぜ合わせます。
溶き終わったら卵焼き専用のフライパンに油を薄くひいて中火で温めます。中火のまま先ほど溶いた卵液を三分の一流し入れ全体に広げましょう。しばらく、焼いて卵液に気泡ができたら菜箸でつぶし、半熟状になったら奥から手前に巻いていきましょう。
巻き終わったら再びフライパンに油を塗り、再び卵液を三分の一流し込みます。この時、先ほど巻いた卵を少し浮かせて下にも流し入れましょう。半熟状になったら奥から手前に巻いてきましょう。
三度油を塗って、残りの卵液をすべて入れて同じように巻いてきましょう。
焼き上がったら完成です。
「さぁ、先攻はイズミちゃんだよ。実況は僕ちんピーさんと」
「解説のプッさんがお届けする」
「今回の料理は卵焼き。使う卵は一家族ひとつまでの10個入り98円の卵!2パック!」
「イズミとハチで一家族だからルール違反だ」
「これはいけません!」
イズミは気合を入れるべく新品のエプロンを身にまとい卵を手に取りました。
「おー!イズミちゃん!勢いよく卵を二つ取り出してボウルに割って、わ、割って、割り入れ、わ、割、り。わ…わ。…なかなか割らないぞ!これはどういうことでしょう?解説のプッさん」
「どのくらいの力加減で割っていいかわからないのだろう」
「…あのこの卵硬すぎます!魔法で割っていいですか!」
「いや、よくないだろ」
冷静にハチがツッコみます。
「あ!」
「おーと!ここでイズミちゃん!卵を割ることに成功!」
「だが、一緒に殻も入ってしまったな」
「イズミちゃん必死に菜箸で回収を試みる!」
「ヌメヌメするからなかなか大変だぞ」
「ここで回収をあきらめて菜箸で卵を混ぜ始めた!」
「卵の殻はカルシウムが豊富だが、おいしい卵焼きにはならないな」
「ここでイズミちゃん勢いよくかき混ぜた卵を卵焼き用のフライパンにすべて流し込んだぁ!どうやって巻いていくつもりでしょうか?」
「俺にもさっぱりわからない」
「イズミちゃん!卵を巻いていこうと菜箸でつかんでみたり、フライパンを振ってみたりするが、どんどん卵がぐちゃぐちゃになっていくぞ!」
「さらに油をひき忘れたから卵がフライパンにくっついてさらに巻きづらい状況を作っている」
「これは悪循環!おっとここでイズミちゃん!フライパンでぐちゃぐちゃに混ぜて焼き固まった卵をお皿に乗せて、ケチャップをぶっかけた!これは何でしょう?」
「スクランブルエッグだ。卵に味付けをしていないからケチャップとの相性は抜群だ」
「か、完成しました」
ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめて目を合わせずにイズミは完成した料理を二体の前に置きました。
「スクランブルエッグです」
しかも、卵焼きじゃないことを堂々と認めました。
二体は何も言わずに箸をとってスクランブルエッグを試食し始めました。
「え?あいつら人形だよな?」
食べたものはどこに消えるのでしょうか?ハチはとても気になります。
「では、僕ちんたちが採点をしましょう」
食べ終わった二体は各々スケッチに点数を書き始めました。
「それでは!点数!オープン!」
ピーさんは3点。
「ケチャップとの相性が良かったよ」
スクランブルエッグですからね。
プッさんは1点。
「卵焼きを頼んだはずなんだけどな」
その通りです。
「よっし!」
イズミはこんな低い点数で何を喜んでいるのでしょうか?というかピーさんの点数が甘すぎます。卵焼きの形をしていないし、そもそも別の料理を作っています。レストランでしたら、お金を払わずに帰るレベルです。
「一応、生みの親としての是非で2点加算したよ」
つまり、ほぼ1点です。
「続いてハチの挑戦です。どうなるでしょう?解説のプッさん?」
「彼が料理していることころは見たことがない。イズミと同じような結果になると思うな」
「そんなハチ!迷いなく卵をきれいに割った!」
「殻は入っていないな」
「そして、卵白を切るように混ぜ始めた。と同時に醤油、塩、砂糖を投入した!」
「ここまでは基本的な卵焼きの手順だ。だが、難しいのはここからだ」
「ここでハチは卵焼き用のフライパンに油をひいて温め始めた!そして、三分一くらい卵液を流し込んだ!それから気泡をつぶしながら半熟まで固まった卵を巻き始めたぞ!」
「素晴らしい。まるで機械みたいだ」
「少しずつ卵を入れて半熟になったらまたきれいに巻き始めた!」
「パーフェクトだ」
「すべての卵液を流し終えきれいな卵焼きが出来てきたぞぉ!」
「これは食べるのが楽しみだ」
「おっと、ここでハチ。火を止めてキッチンペーパーを取り出した。そして、キッチンペーパーの上にできたばかりの卵焼き乗せたぁ!これはどいうことでしょうか?」
「卵焼きの形をきれいに整えているのだろう。料理は見た目でもおいしくなくてはならない」
「さらにハチ!冷蔵庫から大根を取り出しておろし金も取り出したぁ!」
「大根おろしを備え付けるつもりか!」
「解説のプッさんの言う通りハチはお皿の上にきれいに成形された卵焼きを乗せ、おろしたての大根おろしを上に乗せたぁ!」
「そこに醤油まで!わかっているじゃないか!」
「はい。完成」
誰がどう見て卵焼きです。居酒屋で出てきてもおかしくないレベルです。
何も言わず審査員の二体の人形はハチの作った卵焼きを試食します。
「では、採点しましょう!」
食べ終わった二体は各々スケッチに点数を書き始めました。
「それでは!点数!オープン!」
ピーさんは10点。
「やっぱり、卵焼きはケチャップじゃなくておろし醤油に限るね」
プッさんは9点。
「完璧な卵焼きだ。満点にするとイズミがかわいそうだから9点だ」
実質、10点ですね。
「優勝はハチぃぃぃぃぃ!!」
ピーさんがハチの腕を上げて、プッさんが花吹雪を巻いて祝福します。
「これでよくわかった」
「な、なにがよ?」
「イズミが全く料理ができないことだ」
イズミは顔を真っ赤にして何か言いたいようですが、言い返す言葉がありません。
「し!仕方ないでしょ!毎日、学校に行ってるんだし!料理なんてやってる時間ないし、ハチ君と違って私は疲れるの!できなくてもしかたないじゃん!」
といろいろ文句が出ています。
「てか!なんでハチ君は料理できるの!やってるところ見たことないのに!」
確かにそれは疑問です。
「ネットでやり方を検索したまでだ」
「え?ネット?どこで見たの?」
「Wi-Fiでインターネットにアクセスしてレシピを検索してやり方は動画で確認した。その通りにやっただけだ」
「え?Wi-Fi飛んでるのわかるの?」
「わかるよ。今の飛んでるな。隣の部屋か?」
ハチにはWi-Fiとキャッチする携帯と同じ機能があります。Wi-Fiに接続すれば、ネット検索をすることができます。ハチはネットを使って卵焼きのレシピを一瞬で調べあてました。調理の仕方は文字だけではわからなかったので、YouTubeでやり方を解説している動画を200倍速で確認し動きをコピーしました。うまく卵が巻けたのも動画の動きをマネしただけで、大根おろしを乗せたのもたまたまネットで見たレシピがそうなっていただけでした。
「スマホじゃん…。待って!私、ハチ君の製造目的分かったかも!」
「はぁ?」
ハチは思わずあきれた反応してしまいました。
「ハチ君は人間型スマホとして作られたんだ」
「絶対違う」
絶対違うと思います。
「へい!ハチ!」
「Siriじゃないんだよ」
「OK!ハチ!」
「Googleでもないんだよ」
イズミは本当にハチをスマホだと思っているのでしょうか?馬鹿なのでしょうか?
「ん?待てよ?」
イズミは何か気付いたようです。
「スマホで調べても料理は出てこないよね?」
何を当たり前のことを言っているのでしょうか?魔法使いからでしょうか?
「てか、忙しいならイズミの飯は俺が作ろうか?」
「え?なんで?」
「なんでって…作らないとイズミの体が心配だし。作れないことが悪いわけじゃない。誰にだって出来ないことのひとつやふたつあると思う。だからさ、料理だけじゃない。出来ないことがあってどうしようのない時は俺に頼って欲しい。俺はたぶん戦うためのロボットだけど」
それはハチ自身に搭載されている武器を見れば、誰だって理解できます。
「でも、イズミはなりたい自分になれって言ってくれた。俺なり考えているだよ。何になれるか。でも、所詮俺はロボットだから命令されたことしかできない。だから、これから何でも俺を頼ってくれ。今は俺を匿ってくれているイズミの助けになりたいんだ」
イズミは黙ってハチの話を聞いていました。彼はロボットです。機械です。魔法使いのイズミからすれば、それは無機質で感情も何も無い、命令ならばその命令に疑問することなく言われたことをただ的確こなす人ならざるものでした。しかし、イズミは目の前のロボットを見て思いました。
「ねぇ、ハチ君」
「なんだ?」
「物をさ、大切に使ってると物に魂が宿るっていうじゃん。私もよくね、魔法で使う道具は大切にしなさいって言われるの。そうするとね、物に魂が宿った様に見えるの。なんか言いたいことが分かったりしてさ」
イズミは恥ずかしそうにピーさんとプッさんの方を見て語りました。
「物がしゃべる?」
ハチには理解出来ませんでした。
「そう、思うだけ」
「人間じゃないとわからないことか?」
「ハチ君にもいつかわかるよ」
「なんで?」
「だって、君にも魂があると思うから。機械じゃない人間と同じ魂が」
イズミはハチの胸に手を当てました。そこには魂はありません。ハチの思考回路、AIが入っているのは頭部と予備のハードディスクがみぞおち付近にあります。ハチの感情や考えはAIが判断しているに過ぎません。そこに魂はありません。ハチのAIは人間を守るように指示しているだけ、人間のイズミの体調を守るように指示しているだけです。そして、人間の指示に従って自分の役割を自分なり導き出しただけでした。ハチからすれば、特別なことは何もしていません。
「ありがとう。ハチ君。明日から私のご飯お願いね」
満面の笑みを浮かべてイズミはハチにお礼を言いました。
ありがとうという言葉がハチの胸に刺さりました。体に傷が入ったわけじゃありません。でも、この痛みはとても心地よくて思わず笑みが零れました。
「ああ、任せろ」




