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58話 恩師との誓い

「ナパージの……民……か……何者かは……知らないが……この子達を……救ってくれて……感謝する」


 ラッザの謝意を受け、少女は何も答えずただ口を噤んでいた。


「ラッザ先生、すみません、僕のせいで、僕がラッザ先生を……ラッザ先生を!」


 すると茫然自失となっていたデゼルは、堰を切ったようにラッザにすがり、自身がラッザに致命傷を与えてしまった事を慚愧した。


 そんなデゼルの頭に手を置きラッザは優しく返す。


「違う……お前の……せいじゃ……ない……お前が……気に病む必要は……ない」


「でも、ラッザ先生!」


「フリューゲル……プルーム……エイラリィ……デゼル……俺は……お前達に……重い運命を……背負わせてしまった……謝っても……謝り……きれない」


「ラッザ先生、もう喋らないで。世界樹の女神様、何とかなりませんか?」


 プルームは必死で少女に懇願したが、少女は両目を瞑り、首を静かに横に振った。


「いいんだ……プルーム……最後に……話させ……くれ」


 止まらない流血、冷たくなっていく手、力が無くなっていく声。既にラッザが助からないであろう事は子供であるフリューゲル達にも理解出来た。四人は静かに、しかしとめどなく涙を流し続けた。そんな四人にラッザは静かに伝える。


 四人の母親を含め、竜魔騎兵計画に参加し命を落とした者達は、皆祖国に貧しい家族や病に犯された家族を残して居る者達だった。

 

 そこに付け込んだのがスクアーロであった。竜魔騎兵計画に参加した者達は、計画に参加する事で多額の報酬を受け取り、それを祖国の家族に送った。自分の身を犠牲にして家族を救おうとしたのだとラッザは言う。


「家族を救うって、じゃあ俺達は何なんだよ、俺達だって家族の筈だろ? 俺達は犠牲にしていいってのかよ!? 生まれてこられないで母親と一緒に死んだ奴らもたくさんいるんだろ!」


 ラッザの話に、フリューゲルは自分達の母親があまりにも利己的であり、自分達を疎かにしていると感じ憤った。しかしそんなフリューゲルをラッザは諭す。


 スクアーロは、犠牲になるのは母体だけだと、そして生まれて来た子供達はエリギウスの騎士として高い地位が約束されると信じさせたのだと。


 それを聞き、俯きながら怒りと哀しみの感情を渦巻かせ、涙を溢れさせるフリューゲル。すると、ラッザは今までで一番優しい口調で続けた。


「フリューゲル……プルーム……エイラリィ……デゼル……この名前は……お前達の母親達が……生前に……お前達の為に……考えた……名だ」


「俺達の、母さん達が?」


「お前達の母親は……お前達の事も……ちゃんと……愛していたんだ」


 それを聞き、更に涙を溢れさせる四人。


「そして俺は……お前達を……聖衣騎士に……覚醒させるよう命を受けて育てた……それが……俺の任務……だった……だが……真っ直ぐで……ひたむきで……日に日に大きくなっていく……お前達を見て……任務以上の感情が……芽生えていくのが……わかった」


 そう言いながらラッザもまたその目に涙を溢れさせていく。


「竜魔騎兵計画を……止めなられなかった……俺などが……そんな……感情を……抱くのは……おこがましいのは解ってる……だが……お前達と過ごす日々が……いつの間にか……尊くなっていた」


 溢れた涙を零しながら、声を振り絞るラッザに四人は寄り添い、嗚咽した。


「ラッザ先生、俺、ラッザ先生みたいになりたかったんだ。俺ラッザ先生にずっと憧れてたから、だからずっと白刃騎士になりたかった。剣の才能が無いの解ってたけど、ラッザ先生みたいなカッコいい騎士になりたかった」


 必死に秘めていた自分の想いを伝えるフリューゲル。 


「ラッザ先生と過ごして、怒られたり褒められたり笑ったり、きっと父さんがいたらこんな感じなんだろうっていつも思ってた……いつも」


 ラッザの手を握りながら伝えるデゼル。


「ラッザ先生はいつも優しくて、たまに厳しくて、でも優しくて……大好きだよ、ラッザ先生」


 ラッザの体に顔をうずめて伝えるプルーム。


「ラッザ先生は私みたいな劣等生をずっと諦めずに指導してくれました。そして先程も唯一聖衣騎士に覚醒出来ていない私を信じてくれました。私はラッザ先生の言葉、きっと忘れません」


 大粒の涙を零しながら伝えるエイラリィ。


 四人が各々の想いを、精一杯ラッザに伝える。これが最後になると理解して。


 そしてラッザはそれに応えるように、既に言葉にならない言葉を最期に伝えるのだった。



 ――ありがとう……一緒に行ってやれなくてごめんな。





 日が大陸の下へと落ちて行き、空が茜色に染まる頃。


 大陸の最南端の丘にフリューゲル、デゼル、プルーム、エイラリィ、そして黒髪の少女が居た。


 胸の中央で両手を組ませたラッザの亡骸を、五人で抱き上げ、丘の端から空へと送る。


 空葬、それは天空界オルスティアに住む民にとって一般的な送葬であり、空へと送られた遺体はやがてラテラの結界に触れて消滅し、この世界に還る。


 簡易的ではあるが、ラッザもまた子供達に見送られ、空葬により送葬を終えた。



「それじゃあ、私はそろそろ行くね」


 ラッザの空葬を終え、黒髪の少女は四人の子供達に背を向けた。


「なあ世界樹の女神様」


 すると、フリューゲルが不意に黒髪の少女に声をかけ、黒髪の少女は歩みを止めて振り返った。


「世界樹の女神様はこれからどうするんだ?」


 その問いに、黒髪の少女は僅かに俯き、少しの空白の後に返す。


「帰るよ、師匠の元に」


「師匠?」


 少女は語る。少女は、いつまで経ってもエリギウス王国に攻め込む許可を下ろさない自分の師匠と喧嘩して、ある島を飛び出して来たらしい。しかし少女は今更ながら理解せざるを得なかった。どんなに強くなったところで一人の力では大国を相手にするのは不可能だという事を。だから少女は決意した。島へと帰り、今度はエリギウス王国と戦う為の騎士団を結成する事に尽力するのだと。


「世界樹の女神様が……騎士団を?」


「うん、これから始まる戦争は国家間同士の大規模な物、ソードでの戦闘が主となる。だから団員集めにソードの準備、やる事は山ほどあるけど、何年かかってもいい、私は必ずあいつ(・・・)を……そしてエリギウス王国を滅ぼしてみせる」


 遠い目をしながら決意を表明するような少女の力強い眼を見て、フリューゲルが顔を上げて返す。


「それなら俺も……俺も連れて行ってくれないか?」


「え?」


「騎士団作るってんなら聖衣騎士の俺は絶対役に立つ、そんで俺はいつか必ずスクアーロの野郎をぶっ殺してラッザ先生の仇を取るんだ! だから頼むよ世界樹の女神様」


 すると、終始俯き気味であったデゼルが顔を上げた。


「僕も、僕も連れて行ってください、僕も聖衣騎士です。きっと何かの役に立てます」


 続けてプルームとエイラリィが顔を上げた。


「私も聖衣騎士だよ、きっと強くなるからお願いします」


「私はまだ聖衣騎士ではありませんが、竜魔騎兵の端くれです。いつかきっと聖衣騎士に覚醒してみせます」


 そんな四人に、黒髪の少女が返す。


「君達はイアーファ島に亡命して暮らすよう言われていたんでしょ? イアーファ島は一般的には未発見の孤島だけど私なら案内出来る。それにそこなら戦争が始まってもしばらくは平和に暮らせると思う」


 しかし黒髪の少女の提案に、四人は首を横に振った。


「あんな事実を知らされて、のうのうと暮らすなんて出来るわけねえ、俺はスクアーロの野郎を絶対に許さねえ」


「僕は……ラッザ先生と約束したんです。この空を守れる騎士に、仲間を守れる騎士になるって……だから!」


「私はもう、私達みたいな存在を生み出させたくない。もう繰り返させたくない、だからこの国と戦う」


「私も姉さんと同じ気持ちです」


 四人の懇願に、黒髪の少女は大きく溜息を吐いた。


「そうそう、そういえば一つ言っておくけど私は世界樹の女神なんかじゃないからね、ただの人間だよ私は」 


「えっ! そ、そうなの?」


「否定しなかったから本当に世界樹の女神だとばっかり」


「こんなにそっくりなのに?」


「何でずっと黙ってたんですか?」


 フリューゲル、デゼル、プルーム、エイラリィに一斉に詰め寄られたじろぐ黒髪の少女。


「だってもう会う事も無いと思ってたから面倒そうだしそう思わせておけばいいかって、でも子供相手とはいえ長い付き合いになりそうだしちゃんと言っておこうかなって思って」


 黒髪の少女のその言葉に、四人は表情を明るくさせる。


「そ、それじゃあ」


「長く、辛い道のりになるよ、それでもいいんだね?」


 黒髪の少女の問いに四人は躊躇なく頷いてみせた。


「それじゃあ君達の名前を教えて」


 そして黒髪の少女が四人の名を聞く。


「俺はフリューゲル=シュトルヒだ」


「僕はデゼル=コクスィネル」


「私はプルーム=クロフォードだよ」


「私はエイラリィ=クロフォードです」


 フリューゲル、デゼル、プルーム、エイラリィ。四人の名を聞き、黒髪の少女は優しく微笑んだ。茜色に染まった空の中で、少女の黒髪が風に揺らいだ。


「よろしくね、私の名前はヨクハ=ホウリュウインだよ」



※    ※    ※


58話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


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