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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第11章 嵐
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6月16日 午後8時 ロンドン


 再編成のため本土に戻ったホーンブロワー少佐は、1日だけもらった自由行動日の夜を、野外コンサートで過ごすことにした。今夜のバンドはアメリカの軍楽隊である。周囲のアメリカ兵のざわめきから、人気のある指揮者であることがわかる。もとは民間でジャズバンドをやっていたらしい。


 いい音色だ。色々な楽器に主旋律を同時に演奏させて、音楽のカクテルを作っている。アメリカ人は酒でも音楽でもカクテルにするのが好きらしい。ホーンブロワーはカクテルは嫌いだが、この音色は気に入った。音楽は生まれつき得意な方で、代わりにからきしなのがフランス語であった。このような時勢になって、大いに後悔はしているのだが間に合わない。


 演奏が佳境に入ったころ、航空機のエンジン音が響いてきた。市民はすっかり慣れてしまっていて、振り仰ぐ者すらほとんどいない。ドイツ軍の爆撃機がロンドン上空に入ってこられなくなってから、ずいぶんになる。ホーンブロワーはふと、そのエンジン音が聞き慣れないことに気がついた。軍服の人間が-たぶん空軍の連中だ-何人か立ち上がって空に目を凝らし、それほど耳の良くない観衆からブーイングを浴びている。


 エンジン音が止まり、笛を吹くような音がだんだん大きくなってきた。観客がざわめき、立ち上がる。


 やがて、遠雷のような爆発音が轟いた。もう1発。続いてもう1発。女性の金切り声が響く。ひと群れの人間が、防空壕を求めて動き始めた。ドイツ空軍が、なにか新しいこと-とんでもなく新しいことを考えついたのだ。


 待て! ホーンブロワーはステージに目を向けた。ステージへの照明は落とされていたが、薄い月明かりがある。指揮者は大きな手振りで演奏を続け、応じたパンドは精いっぱいの音量で、聴衆へのサービスを続けている。


 立ち尽くす聴衆。初めて振り向いた指揮者は、左手の手のひらで大地を示した。座れ、と。従う聴衆が現れた。観客席の縁には、演奏が続いているのに気がついて戻ってきた客が壁のように並んでいる。


 ホーンブロワーは腰を下ろした。爆発音はまだ続いているが、防空壕にいても直撃を受けることがある。防空壕には音楽はない。


 1曲が終わった。少数になった聴衆が、熱狂的な拍手を送る。指揮者は深々と一礼すると、声を張り上げた。


「皆さん、大変恐縮ではありますが、今夜はアンコールにお応え出来ません」


 客席をぐるりと見渡して、指揮者は言った。


「夜道は大層危険ですから、お気をつけて」


 爆笑と拍手のうちに、グレン・ミラー少佐とそのバンドは、ステージから下りて行った。


 また、遠雷がひとつ落ちた。


----


 ようやくドイツ軍は発射のための機材を輸送し終わり、この日ロンドン周辺には100発を超えるV1号が落下した。早速対空砲が飛来コースに増設され、最新鋭の高速戦闘機部隊が迎撃に当てられ、爆撃可能な機体はV1号基地の制圧を命ぜられた。連合国空軍はさらなる重荷を背負い、前線の兵士はロンドンにいる家族のことを思った。


 V1号がロンドンに与えた被害は大きくはなかったが、V1号が連合軍の兵器庫から引き出した資源は、この後ボディーブローのように連合軍を弱らせることになる。


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