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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第10章 ライオン使い
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6月15日 午後2時 サン=ロー市(ドイツ第84軍団司令部)


 カランタン市の喪失はドイツに取って痛手であった。カランタンを中心とする高台は、沼地を堀として歩兵が立てこもるのに適した地形である。パットンの打つ手は、ドイツ軍の展開よりわずかに早かった。


「シェルブール港への通路を守る我が戦線はますます薄く長いものになっています。このままでは全体が崩壊の危機にさらされます」


 マルクスは、サン=ロー市まで視察に出てきたロンメル元帥に説明した。


「シェルブール港を孤立するに任せることが避けられないと思いますが」


「戦闘しつつ撤退させよう」


 思い切って後退させたほうがしっかりした陣地を作る余裕も生まれるのだが、ロンメルはヒトラーを正面から刺激することには同意できなかった。ヒトラーがこの方面での死守命令の遵守に関心など持ち始めたら、厄介なことになる-とても厄介なことになる。すでにカランタン市が「激戦の末」失陥した報告はOKWに届いているが、ごまかしきれるかどうか。


 マルクスはロンメル元帥の顔を無遠慮にちらと眺めて、黙り込んだ。


「総統には私が話す」


 ロンメルは呟くように言った。近々、総統が西部戦線を視察することになったのである。


「アメリカ軍は急に積極的になったな」


「新しい司令官でしょうか」


「かもしれん」


 どちらにせよ、予想されたことであった。連合軍が十分な展開地域を得れば、重砲を中心とする支援機材が次々に揚がってくるのである。


「シェルブールの防衛部隊は、どれとどれにしますか」


「なるべく少なくすべきだ」


 間髪を入れずロンメルが答えた。


「第709師団、第243師団」


 これらの師団はシェルブール近辺を守っているので致し方あるまい。ロンメルの視線は地図の一点に止まったまま動かなくなった。マルクスはロンメルが何を迷っているのか、わかる。


「第6空挺連隊は、シェルブールへ向けて撤退させましょう。残念ですが」


 残念ですが、の一言に、マルクスはロンメルへの共感を込めた。シェルブールに追いつめられれば、時日を置かず連合軍の猛攻にさらされて全滅する。貴重な精兵の第6空挺連隊は、戦線の東の端、つまりドイツ軍からみて最も戦線の奥の方にいるため、戦術的撤退にまぎれて迎え入れることが難しいのである。


 ロンメルはむっつりと首を縦に振った。連隊長のデア=ハイテ中佐は、北アフリカでロンメルのもとで戦ったことがあった。


----


 マルクスがロンメルとふたりだけで、昼食前に司令部の”庭を散歩する”と言い出したものだから、幕僚たちはくすくすと笑っていた。謹厳なマルクスと無趣味なロンメルがわざわざ庭を散歩するなどありえない。秘密の相談をしますよ、と高らかに言っているようなものである。


「政治的解決の動きはないのですか」


「努力はしているが、難しい。西部戦線が崩壊すればますます難しくなる。遠ざかりつつあるチャンスを、捕まえなければならない」


 マルクスは、一段と声を落とした。


「私の元帥に対する忠誠は、国内においても、前線におけると同様です」


「ありがとう。しかし当面の最重要課題は、連合軍を食い止めることだ。それがすべての基礎となる」


 同様の手紙が、一部の師団長から届いていることを、ロンメルは明かさなかった。


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