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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第10章 ライオン使い
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6月14日 カランタン市


 アメリカ第4戦車師団を先鋒とするパットンの第3軍は、第90師団の屈辱の地ポン=アベ村を通過して、南東へ前進を続けた。狙いは、カランタン市の孤立化である。


 カランタン市はふたつの川の合流地点にある。川沿いの低湿地を海とすれば、海に突き出した岬の先端、といってもよい。岬の基部に見立てられる高台は、カランタン市の南西方向に伸びている。ゴールド・ビーチに陣借りしたアメリカ軍が海岸沿いに北東から攻め寄せた場合、川と湿地を外堀とするドイツ軍の防衛線で大きな損害を出すことが予想された。パットンの任務は、ゴールド・ビーチからのアメリカ第5軍団と共同して、カランタン市を南西から攻めることである。


 もっとも、パットンには他の部隊のために手柄を残して置く気はまったくなかった。


----


 ドイツ軍は、虚をつかれていた。重火器や海軍の傘の下でなければ戦おうとしなかったアメリカ軍が、突然高いリスクを冒して急進撃を始めたのである。途中にある鉄道橋と道路橋を爆破するための配置と命令は間に合わなかった。マルクス中将が驚愕して対応を練り始めたときには、パットンはカランタン市近郊に迫っていたのである。


「ぐずぐずすんな。敵はあわててるんだ。今やらねえと、立ちなおっちまうぞ」


 パットンは、前線の中級指揮官を叱咤し続ける。ドイツの砲火を気にしない風で前線をのこのこ歩き回るパットンは、心行くまで視線を浴びて満足であった。


 衣食住への関心がぽっかり欠落したロンメルや、生まれてこのかた禁酒禁煙のモントゴメリーとは違って、パットンは贅沢が大好きである。そのパットンが諸事不自由な最前線に出てくるのは、彼の大好きな栄光がここでしか手に入らないせいであった。登山家が明日のプランを描きながら寝袋に潜り込むように、パットンはいそいそと伝説を作りに最前線に現れるのである。


 カランタン市を守る第352歩兵師団は、オマハ・ビーチでの勇戦で重装備と補給物資をかなり失ったまま、補充もままならない。それでもかろうじて、市の東半分を確保したまま、夕刻を迎えた。


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 パットンの部下達はさすがにぐったりしていた。急進撃に追いつけず、ようやく介入の機会を得たアメリカ砲兵部隊が、ドイツ軍を眠らせないため市街地への砲撃を始めている。パットンが夜襲への警戒を命じて、自分も寝床に入ったそのとき、大きな振動が彼を襲った。


「何事だ」


「ドイツ軍の砲撃です」


「水平射撃じゃねえか」


 さすがに実戦経験豊富なパットンは、砲弾の飛来音から、弾丸の描く放物線がひどく浅いことに気づいた。


 じつは、マイヤーの師団の戦車連隊が日没と共に駆けつけてきて、沼地と川を隔てた対岸からカランタン市南部を砲撃しているのであった。ふつう戦車と戦車の戦いは1キロ内外、せいぜい2キロの距離で起こるものなのだが、ドイツ軍の比較的大型のいくつかの戦車は、3キロ程度は楽に砲弾を届かせることができる。ましてや今日は砲の仰角を上げて、すこし弓なりに弾丸を打ち込んでいた。陽動である。


 第352師団はその間に、東側を指して脱出する。間一髪であった。翌日にはゴールド・ビーチからのアメリカ軍が、彼らの退路を閉ざしてしまうところだったのである。


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