6月9日 午後10時 アロマンシュ村(イギリス第4戦車旅団司令部)
「それで君は、無傷の戦車を2台、ドイツ軍に射たれるままにしたと言うのだな」
バイクス准将は、淡々とホーンブロワー大尉を接見している。正式な査問であろうとなかろうと、ホーンブロワーはこれ以上緊張する余地はなかった。
「君のような贅沢者は軍から放り出してやりたいのは山々だが、あいにくひどく人手が足らん。レイトン中佐が戦死されたのは知っているな」
「はい」
イギリスの戦車部隊は部隊の呼称が独特で、連隊は他の国の大隊に相当する。レイトン連隊長は、だから中佐であり、ホーンブロワー直属の上司である。
バイクスはじろりとホーンブロワーを見た。
「君は先任の中隊長として、連隊長の任務を代行する」
「しかし、あの」
ホーンブロワーは口ごもる。上陸作戦まで、ホーンブロワーは中隊長の中でいちばん若かったのだ。
バイクスは、飲まなければならない苦い薬を飲むときの顔をした。
「君が最先任になったのだ。マスキー大尉はレイトンと共に戦死した。レイノルズ少佐は負傷した」
「ひどいのですか」
「火傷だ」
バイクスは多くを語りたがらなかった。
「バーンズ大尉は……新しい任務につく。イングランドか、場合によってはスコットランドかもしれん」
するとバーンズ大尉は、とんでもない失態をしでかしたのだ。戦車を2台放棄するより大きな失態を。
「間もなく君の連隊は再編に入る。ひどくやられているからな。そうしたらちゃんとした連隊長がやってきて、わしはお前にふさわしいやくざ仕事を見つけてやれると言うわけだ。わかったか」
ホーンブロワーは懸命に自己を保った。軍法会議は免れたが、左遷はされるらしい。暖かいところでありますように。
「はい」
バイクスはにやりと笑った。
「お前は自分のしたことが、どんなことだかわかっておるのか」
「はい」
「いや、わかっておらん」
バイクスは初めて緊張の解けた表情を見せた。
「お前の中隊は、7両の犠牲で、マイヤー将軍の戦車部隊を食い止めた。アメリカ軍は奴らを食い止めるのに、1日に1個師団を差し出したのだ」
きょとんとするホーンブロワーを、バイクスはもう引き留めなかった。
「必要な書類は、ヘイズ中佐にもらって行きたまえ。帰ってよろしい」
バイクスは、ホーンブロワーに答礼すると、つけ加えた。
「明朝8時にブリーフィングを行うから出席するように、ホーンブロワー少佐」




