6月9日 午後6時 ロシュ・ド・ギヨン(ドイツB軍集団司令部)
「ガイルが失敗したようです」
シュパイデルは淡々と報告した。
「互いに大きな損害を出しましたが、海岸には達しませんでした」
「艦砲射撃か」
「そこまでは、まだ。それから、バイエルライン将軍が負傷されました」
ロンメルの冷静さが、ほとんど破られた。
「詳しいことが分かったら、知らせてくれ」
「はい」
「無理をしおって……」
ロンメルは最高位者の特権として、自分のことは棚に上げた。
「さらなる攻勢の準備をすべきでしょうか」
「損害の程度にもよるが、今回の攻勢を逃せば、もはやチャンスはあるまい」
ロンメルの感傷がそそくさと小さな住処に戻り、作戦用の理性が闊歩を始める。
「夜間の機動防御を行えば、急には戦線は崩れないだろうが……」
ロンメルは顔を上げた。
「すべての戦車予備をノルマンディーに送るべき時が来た。できれば本国の戦略予備も投入したい。第15軍の拘束も解くべきだと思う。直ちに西方軍と協議の手はずを整えてくれ」
「承知しました」
このあたりの遠慮のなさがロンメルの嫌われる所以である。君子豹変して凡百を教化するならまだしも、相手は上級司令部なのである。
ロンメルは声を低くした。
「君の友人たちは、この状況にあっても計画をやり遂げるつもりか」
「もちろんです」
ロンメルは、ヒトラー暗殺計画の全貌を知っているわけではない。シュパイデルは慎重に、ロンメルを計画の外周に止めていた。ロンメルは事変後の収拾役として期待されているのであって、ヒトラーの周囲で起こることについては白い手のままでいなければならなかった。
「急がねばならんぞ」
ロンメルはぽつりと言った。




