6月9日 午前10時 ラ・ケーヌ村(ドイツ西部戦車集団司令部)
「躊躇している場合ではない」
ディートリッヒは午後からの攻撃を主張した。
「今日かかるのでなければ、全面的な防御に移るべきだと思う」
ガイルは煮えきらない顔をしている。申し入れている弾薬・燃料の補給ははかどらないし、統一した作戦会議を開くのは今日が初めてなのである。
普段は上級者に逆らわないフォイヒティンガーも、補給の話となると口を開く気になる。
「補給が届くスピードよりも、既存の燃料集積所が爆撃されるスピードの方が、残念ながら上回っています」
「バイエルライン将軍はどう考えるか」
ガイルに問われて、バイエルラインは重い口を開いた。何と言っても、独断に近いかたちで攻撃に踏み切り、戦力を減らすだけに終わったのだから、肩身が狭い。
「連合軍は確保地域を広げつつあります。重砲の本格的な陸揚げが始まらないうちに、連合軍を押し込めるべきです」
さきほどディートリッヒを通じて師団長に発令されたばかりのマイヤーは、むっつりと無言である。
「マイヤー将軍」
「我が師団は第352師団と交代、艦砲射撃の最も激しい海岸寄りに布陣を完了しています」
マイヤーは静かに言い放つ。
「攻撃開始が遅れれば、我が師団の戦闘力はそれだけ低下します」
ガイルが野放図な物言いに眉を上げたが、マイヤーは気にとめた風もなかった。
第47戦車軍団長、フンク中将が男爵らしく鷹揚に座をまとめる。
「表現こそ違え、みなさん積極的な攻勢をお望みだ。司令官閣下は、どうお考えかな」
フンクは第21戦車師団と、第15軍管区にいる第2戦車師団を傘下に持っているが、形式上のことで、戦闘指揮や補給は地域の軍団に任せている。いま大あわてで体制を整えているところであった。
師団長・軍団長が揃って即時攻撃を主張したとなると、ガイルも折れる他はない。
「よろしい。あとは……」
ガイルは空を見上げた。
今日はDデイ以来初めて、朝から曇天続きである。




