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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第8章 ガイル
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6月8日 午後3時 ロシュ・ド・ギヨン(ドイツB軍集団司令部)


 ロンメルは、見事な飴色をした丸テーブルに、無造作に報告書を散らばらせた。昨日まで執務室にあった、ひたすら重厚で細工の行き届いた机は、ありうべき空襲を避けて地下室に運び込まれている。ナットの勅令? ナントの勅令? とにかくそいつを廃止する署名を、何代前だかのこの城の当主がその机の上で行ったのだそうだ。代わりの机も決して粗末なものではなかったが、フランスの国宝の上でインキ壷をひっくり返す悪夢からはとにかく解放されたわけだ。


 ロンメルの司令部のあるロシュ・ド・ギヨンはロシュフォール公爵家累代の持ち城で、ロンメルとわずかな参謀たちはフランスの文化遺産に囲まれて暮らしている。軍事以外に関心の薄いロンメルにはあまり有難みはなかったが、前の司令部であったボンパドゥール夫人の旧宅を思えば、まだしもであった。それに、セーヌ川を見おろす庭の眺めは良い慰めになってくれている。


 ガイルは、オマハ・ビーチでの損害からようやく立ち直った第352歩兵師団をヴィットの-後任はまだ発令されていない-第12SS戦車師団と交代させることを要求してきていた。シュパイデルが裁可を求める。


「承認しよう。しかし」


 ロンメルはシュパイデル参謀長にぼやく。


「SS師団が攻撃位置につくまでに、1日かかってしまうぞ」


 シュパイデルは静かにコメントする。


「OKWがシュベッペンブルクに伝統的な用兵を期待しているようです」


 シュパイデルはロンメルの意を汲んで、ガイルの方針を「伝統的」と揶揄した。


「3日間が勝負だと思っていたが」


 ロンメルは報告書の束をシュパイデルに返しながら言った。


「最後の夜はガイルが台無しにしそうだ」


 最後の夜にロンメルが指揮権を存分に振るえたとしても、連合軍の圧倒的な艦砲射撃の傘を突き破れるものではないことは、すでにロンメルにも分かっていた。


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