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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第7章 バイエルライン
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6月7日 午後3時 バイユー市近郊(ドイツ戦車教導師団司令部)


「時期を失したくありません。今夜の夜襲を許可して下さい」


 バイエルラインが電話している相手は、ほとんど面識もない新しい上司、ディートリッヒ大将である。


「第84軍団からも私のところからも支援はないぞ」


「我々だけでやります」


 北アフリカではロンメルのもとで、わずかなありものの戦力で戦い抜いたバイエルラインである。兵に拙速ありて遅巧なし、を身に沁みた原理としている。攻勢を勧めるロンメルの伝言もあった。


「ヴィットの第12SS戦車師団の攻勢を応援して欲しいのだが」


 バイエルラインの戦車教導師団はSSの所属ではない。ディートリッヒはそれほど身びいきのきつい人物ではないが、それでも身内に主役を振り当てたいのは人情というものである。


「我々を穴埋めできる戦力がありません」


 オマハ・ビーチでアメリカ軍を追い落とした第352歩兵師団は戦力を半減させて、今日は再編に余念がない。第一、近隣の部隊はすべて第84軍団の所属である。


 ディートリッヒは考え込んだ。上級司令部であるシュベッペンブルク大将の司令部が稼動しない限り、第84軍団を巻き込んだダイナミックな作戦は望むべくもない。一方、時期を失することの重大さは、バイエルラインほどではないにせよ、ディートリッヒの感覚にも訴えるものがあった。


「了解した」


 ディートリッヒは折れた。彼は専門的な軍事訓練は受けていないが、組織運営については豊かな経験がある。ここは現場に任せるときのように思われた。


「貴公の師団を戦術予備に回せるよう、最大の努力をする。それまでは戦線の維持に努めてもらいたい」


「機動防御を行いたいのですが、許可して頂けますか」


 バイエルラインは食い下がる。


「いいだろう。やりすぎんようにな。君らにはまだ西の方で仕事がある」


 SSの指揮官には、融通の利く人物が多い。ディートリッヒは消極的に、バイエルラインの攻勢を承認した。敵の攻勢をくじく、という名目なら何をやっても大目にみよう、というのである。


 電話を置いたバイエルラインは、努めてエネルギッシュな外観を装った。ロンメルの知略の方は真似できずとも、肉体的な勇敢さは見習いたいと思い続けているバイエルラインである。


「持つべきものは、話の分かる上司だな。機動防御が許可された」


「海岸への機動防御ですね」


 参謀が応じる。


「ロンメル元帥が陣頭に立たれるかと楽しみにしておりましたが、おいでにならないようですね」


 バイエルラインも、陽気に言い返す。


「自学自習も、たまには良しだ」


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