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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第6章 疾風マイヤー
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6月7日 午後9時 ラヴノヴィル村から南西2キロ


「準備砲撃、全車予定数を終了しました」


「フォラン(前進)!」


 マイヤーの下知が伝わり、エンジン音の喧噪に、ぎしぎしとしたキャタピラ音が加わる。各車10発ほどを弓なりに村に打ち込んだあと、突入に移るところである。


 侵攻第1日、連合軍はユタ・ビーチから南へカランタン市に至る道筋を堅く守りながら、海岸沿いに北西へ占領地域を伸ばした。ヴィットは師団砲兵の攻撃でユタ・ビーチを南から攻めると見せかけておいて、前線から引き抜ける限りの戦車を使って連合軍の延びた側面を突こうとしている。特にこのあたりは、軽装の空挺兵が多く逃げ込んで来ていて、夜襲の混乱に拍車をかけてくれるはずであった。


 潅木の繁みから大振りの火線が先頭戦車に走り、その側面を焼き焦がす。しかし貫通には至らない。歩兵用の対戦車ロケットは、装甲に直角にうまく当たらないと、熱い炸薬が飛び散ってしまって、装甲を溶かしきれないのである。


 ひときわ大きな閃光が村から見えたかと思うと、1台のドイツ戦車の砲塔が轟音と共に持ち上がり、車体からずり落ちる。連合軍は少数だが大型の対戦車砲を持ち込んで来ていて、マイヤーたちにはこれが初見参であった。反撃の戦車砲が村に打ち込まれるが、対戦車用の砲弾はあまり爆発力がない。対戦車砲の2発目は先頭戦車の右キャタピラを吹き飛ばす。飛散した重いキャタピラ片が周囲の歩兵にも災悪をもたらす。同時に、村からも短い火柱が上がった。榴弾を込め直したドイツ戦車の第二撃で、対戦車砲の砲弾に火が回ったのである。


「アントン1、道路脇に避けられるか」


 マイヤーはキャタピラをやられた戦車に、狭い道路からはずれろ、と指示する。最後の右キャタピラが起動輪からはずれる寸前に、どうにか重々しい戦車は進路を譲って生け垣に突っ込んだ。乗員が懸命に脱出してくる。1人、2人。3人目がハッチから半身を乗り出したとき、対戦車ロケットが戦車のさらされた側面を見舞う。3人目-たぶん砲手-は吹き飛ばされて闇に消えた。


 ようやく海岸から、連合軍の砲火の響きが聞こえてくるようになった。弾着は沼地に散らばり、泥、水、そして人だったものをはね上げる。連合軍はまだ重砲の陸揚げが十分ではなく、砲撃はまばらである。位置をさらした重砲には、やや後方に控えるドイツ軍の自走歩兵砲から反撃があるはずであった。ここには縦深の防衛線などというものはない。村を粗々に制圧したドイツ軍は、狭い道を辿って海岸へ殺到する。


「海岸の大きなものは、なんでも獲物だ」


 ヴィットの興奮した指示が各車に伝わる。ヴィット師団長は指揮戦車に乗って攻撃の戦闘に立っていた。沼地へ展開する兵士の長靴がちゃぷちゃぷと音を立てる。


 マイヤーは、なにか危険なものを感じとった。光? 音? 音だ。高く長い。異様に長い。遠くから……遠くから! マイヤーは近距離用通信機をつかんだ。


「注意しろ。艦砲……」


 マイヤーの指揮用兵員輸送車が爆風で持ち上がる。軽車両が横転する。沖合いのアメリカ戦艦が、夜間にも関わらず阻塞砲撃に乗り出してきたのだ。


 戦車が沼地に飛び出して泥に足を取られる。航跡のような泥はねを残して運の良い戦車が進む。身を隠すところのない沼地で、運を天に任せて歩兵が走る。


 敵は混乱しており、味方は前進している。しかしどちらも十分ではない。連合軍の戦車がようやく突破地点に到着し始めている。ドイツ軍の戦車の方が撃破される数は少ないものの、それは貴重な道路を塞ぐ存在となる。


 さっきから各戦車が残弾を無線で知らせ合っているのにマイヤーは気づいていた。やはり戦力が不足だ。撤退を具申しようと通信機に手を伸ばしたとたん、それがひとりでにがなりたてた。


「歩兵連隊、撤退せよ。戦車連隊、援護しつつ……」


 突然無線機が故障したかのように、ザザーッとノイズが入って、ぷつりと消える。マイヤーは立ち上がって、身を乗り出す。


 1台のドイツ戦車が、艦砲射撃で横転しているのが見えた。


 マイヤーは首を引っ込めると、何事もなかったように無線機を取り上げた。


「マイヤー准将、一時的に師団の指揮を取る。歩兵連隊は直ちに撤退、戦車部隊はこれを援護しつつ……」


 通信装甲車に同乗するわずかな兵士だけが、すべての指示を終えたあと、マイクを持ったまま壁に頭をこすりつけるマイヤーの姿を見ることになった。


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