6月7日 午前11時30分 パリ、リュクサンブール宮殿(第3航空艦隊司令部)
「こう部隊が多くては覚えきれん」
フランス・ベネルクスを担当するドイツ第3航空艦隊長官、シュペール元帥は、作戦地図を一杯に埋めた見慣れない旗を見て、こんな第一声を発した。
陸軍において西方軍が訓練部隊扱いされていたように、第3航空艦隊もまた主戦場にいる部隊ではないと思われており、多くの戦力を他の地域、なかんずく本土航空艦隊に引き抜かれていた。本土防空艦隊に移籍した戦闘機部隊の多くは、連合軍の侵攻があり次第第3航空艦隊に戻されることになっており、そのための飛行場の割当などの詳細な計画がすでに出来上がっていた。昨日の夕刻になってようやく移動が始まり、新しい旗がそこかしこに林立したと言うわけであった。
「戦果の報告はまだか」
「まだです」
部下の報告は礼儀を失ってはいなかったが、活気あるものとは言えなかった。これらの旗が実際に代表するものは、でこぼこの飛行場、列車の中で滞る資材、足止めされた整備員、そしてばらばらに移動命令を受けては連合軍機に途中を襲われる戦闘機の群れであったのである。その現実に想いを致さない長官も長官であったが、進んで直言しようとしない幕僚も幕僚であった。
もっとも、この時点から出来ることは限られていたであろうが……
「こういうときは、落ちつかねばならん」
シュペールはひとりごちると、精いっぱい厳しい顔をして、ズボンのバンドを引っ張り上げた。空軍総司令官で大兵肥満の”デア・ディック”(ふとっちょ)ゲーリング国家元帥よりも、シュペールはなお横幅があった。
「とりあえず、昼食にしよう」
シュペールはどたどたと作戦室を後にした。




