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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第5章 日没、あるいはソード・ビーチ
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6月6日 午後3時 ソード・ビーチ


 ロンメルが見たこともない車両が次々と現れて、あるものは出撃地点近くに伏せられ、あるものは出撃準備に掛かり、あるものは弾薬切れで後退させられた。旧式のフランス戦車を捕獲して、ドイツの大砲を乗せて使っているのである。ロンメルは北アフリカを思い出した。ロンメルがアフリカ軍団にいた頃は、ドイツ戦車より捕獲したイギリス戦車のほうが多い時期もあったものだ。オッペルン=ブロニコウスキーはスポーツマンらしく、やるとなったら思い切りがよく、きびきびと準備の指揮を取っている。


「対戦車大隊が到着しました」


「閲兵の時にはこんな車両はいなかったと記憶しているが」


 ロンメルは微笑む。


「あまり……その、師団長閣下にとってはお好みの光景ではありませんので」


 官僚感覚のフォイヒティンガーにとって、雑多な車両群は改善箇所の群れに見えるのである。


「私も同行してよろしいかな、大佐」


「お言葉ですが、閣下、閣下には他に責任がおありでしょう」


 ロンメルは素直に引き下がった。オッペルン=ブロニコウスキーは、これを賛辞と感じた。


 準備砲撃が終わった。元帥が側にいることで、ドイツ兵は栄光のアフリカ軍団にいるような気になっている。あとは高い平均年齢からくる早い疲労が、悪影響を残さなければよいが、とロンメルは心密かに懸念していた。このあたりのドイツ兵は、外国人でないとすれば、やや高齢なのである。


「前進!」


 ひどくブラッディな戦いになった。イギリス軍は逃げ場がないし、ドイツ軍は絶えず空から攻撃される。天井の覆いがないので、支援用に残してきたはずの車両が勝手に飛び出してきて本隊の後を追った。ほんの1、2キロのことなのだ。ほんの1、2キロのことなのに、連合軍の戦闘機はそれを見逃さない。通信隊や補給隊の兵士がライフルを手にいれては、潅木のしげみからてんでに飛び出す。


 効いている。地上からの反撃が弱くなってきた。傍らで双眼鏡を遠く海に向けていたロンメルの副官が、注意を促す。


「舟艇! 多数です」


 ロンメルの双眼鏡にも、多数の上陸用舟艇が移る。副官が歯がみする。


「まだ増援を持っているのか……」


「いや」


 ロンメルの声は平静で、むしろ明るい。


「海岸を見ろ、ラング」


 副官のラングは、イギリス軍が海岸に向けてじりじり後退しているのに気づいた。


「増援なら海岸を空けて待たねばならない。イギリス軍は撤収するのだ。勝ったぞ」


 通信隊など、残ったわずかな人数が歓声を上げる。


 オッペルン=ブロニコウスキーは大勢を見て、自分たちも後退を始めた。ドイツは補充がない。明日を大事にしなければならない。ロンメルは満面に笑みをたたえて部隊を迎えた。高緯度のヨーロッパの6月である。まだ太陽は沈んでいないが、ロンメルは司令部に帰る潮時だと感じた。主だった士官が別れの挨拶に集合する。


「オッペルン=ブロニコウスキー大佐!」


 ロンメルは朗々と指揮官を呼ぶ。大佐は直立した。


「私はB軍集団司令部にあるすべての勲章を持ってこなかったことを残念に思っている。諸君らはそれに値する」


 舞台効果たっぷりにロンメルは一同を見回す。こうしたひとときを、軍人たちは唯一の真の報奨として、後輩に語り継ぐのだ。


「部隊を代表して、当座の報奨を受けてもらいたい」


 ロンメルは何も持っていない。一同が興味深く見守る中、ロンメルはコートを脱ぎ始めた。何の変哲もない将官用のコートである。それがオッペルン=ブロニコウスキーに着せかけられたとき、ため息とささやきが周囲の兵士から洩れた。ワンテンポ遅れて、熱狂的な喝采が続いた。比較的冷静な者は、大佐に少将昇進の推薦を行うことを象徴したのだ、と解説したが、大部分の者にはどうでも良かった。ロンメル元帥が、俺たちを好きになってくれたのだ。


 ロンメルは、将校たちと握手して、車上の人となった。運転席に座るラングに、すまし顔でこう言う。


「急いでくれたまえ、ラング。6月と言っても、夜は寒い」


 ラ・ロシュ・ギヨンまで、車で3時間ばかり。


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